2013年8月アーカイブ

 

接点は「あの日」だけですが!

1970年9月某日 早朝、名古屋へお客様とご一緒する為、東京駅でお客様と新大阪行き「ひかり」のグリ
ーン・指定席に座っていた。 そこへ発車直前に女性2名・男性1名が隣のボックス・シートに乗って来た。
そしてその車両には私達5人しか居ないまゝ出発した。

その「ひかり」は途中、 新横浜・名古屋 の2ヶ所へ停まって新大阪まで行く便で、新横浜でもグリーン車に
は乗って来る人は居なかった、その時同行のお客様が「隣のボックスの乗客に藤圭子が居る」と言い出した。

私は当時芸能界には殆んど興味無く、さすがに「圭子の夢は夜開く」が 「他の歌手の競作」 を凌いでヒット
中、位の認識は持ってい居たが、藤圭子について特に気にした事が無い状況だった。

そっと隣を伺い見る様に確認したら、どうやら一番小柄の女性が、TVや雑誌で良く見るあの顔、と言いたい
所だったが、実物はもっと美しかった。 人形の様な人とはこう言う人の事を言うのではないか、と思った事
はあれ以来思い当たらない。

私達の素振りに気が付いたらしいマネージャーの男性がこちらに来て名刺を出して、「他の乗客に知られたく
無いので宜しく!」と申し出て来た。
「同行のお客様が藤圭子さんの大ファンである」事を伝えたら、少しお待ち下さいと言って戻って行くと持参
していたらしい色紙2枚に 日付と藤圭子がサインをその場で書いて、 なんと藤圭子自身が持って来て手渡し
各々に握手しながら「これからもよろしくお願いします」って言うでは無いか。 さすがに感激したね!
 (特に歌やTVでは暗いイメージで有ったが、以外に明るい気さくなイメージにビックリ、好感が持てた)

名古屋で私達が降りる時「お仕事、頑張って下さいね!」なんて言われ! 【営業言葉】と分って居てもいい
気分だった事は今も覚えている。

 

その後

名古屋までは他の乗客が来る心配が無かった為こんな風に接してくれたので有ろう。 それ以来私も隠れファ
ンになった。(とは言えコンサート等に行った事は無いし、藤圭子関係者との接点も無いが、カラオケ等では
定番で何曲かは・・・)

その年、藤圭子は「日本歌謡大賞」や「レコード大賞・大衆賞」等を取り、NHK「紅白歌合戦」に出場。
しかし、そんな事になるとは考えず、お客様の懇願に、私の貰った色紙も気前よく差し上げてしまった。

もしも、今、「何でも鑑定団」に出したら結構なお宝だったかも? ・・・・ なんて考えると ・・・・

 

いやいや、かのお客様とは色紙の何百倍のお取引を頂いているのでその点では全く悔いはなく、ただただ
あの藤圭子さんの訃報に接して、偶然、「握手まで出来た事」を懐かしく思い出している。

その人が、あの宇多田ヒカルのお母さんだった事も、まさに、人生は「人間交差点」の集合体だ。

 

藤圭子さん、やすらかに眠れ!   合掌!

私が山好きである事を知って居る古くからの友人(愛称:ダンボ)が久し振りに山岳登山のTV録画BDを
送ってくれた。 (私はBS放送は見れないので時々録画を頼んで居た事がある)

その中に、思い出深い 「甲斐駒ケ岳・黒戸尾根コース」 の番組が有った。 大感激である!

それは、当時 山を甘く見て居た私への戒めでもあり、しかしへとへとになりながらも努力して頂上に辿り着
いた時の、素晴らしい眺めは「目的を諦めない」事の喜びを教えてくれた思い出でもあった。

私がまだ20代前半、「山登りを初めて2~3年目と言う山歩きが楽しくてしょうがない」 頃の事、丹沢山
系や秩父・奥多摩エリア、尾瀬・谷川岳エリアを一通り踏破した積りになって居た時期に、山仲間に誘われ
て登った山が 「甲斐駒ケ岳」 であった。
そして、その時山頂で眺めた風景が、その後の私をアルプスの山々へと誘う切っ掛けとなったのである。

友人が送ってくれたTV録画に依って、私が登った時は天候に恵まれず山頂で一瞬しか見られ無かったあの
時の、それでも感動した光景を思い起こさせてもらった。
そこで、あの時の場面とTVの映像を重ね合わせながら黒戸尾根コースを辿ってみたいと思う。

この頃の写真などは 「阪神淡路大震災」 の際、当時関西に居た為マンション上階からの漏水(汚水)に浸か
り全部破棄した為、残念ながら今は何も残って居ない。

そこで、このブログに使用する写真は、関東地域では7月27日にTBS・BSで放送された
  「日本の名峰・絶景探訪」
と言う番組からTV画面をデジカメで切り取ると言う手法で撮影したものを利用させて頂きたいと思います。
 ※ 厳密に言えば、著作権に抵触しますが、営利目的ではないのでお許し頂けるものと思います。 が、
    もし、問題が有る様でしたらお申しつけ下さい、本ブログ全体を削除致します。

 

甲斐駒ケ岳 (標高 2,967m)

  「甲斐駒ケ岳」 : 南アルプスの一角(最北端)、昔から “信仰と修験道” の山。
            中央高速を東京から諏訪方面に向かって走ると、甲府付近から左手に山
            のピークに高い杭が立って居る様な岩が見える。  これが後述する
           「鳳凰三山」 のひとつ、地蔵ヶ岳のオベリスクと呼ばれる岩峰。
            そして、その後ろに見える異様な形をした岩峰の山が「甲斐駒ケ岳」で
            ある。
            韮崎を過ぎるとその異形は迫力を増し、昔の人ならずとも、崇高の念を
            抱かずには居られない気がする。 特に甲斐(山梨)の人々にとっては!

            最近では某酒造メーカーが「南アルプスの水」として販売している水源
            も、この駒ヶ岳山麓にある。 関東の一部ではサーバーを各家庭に置き
            定期的に水を追加する、言わば現代版「富山の薬売り方式」新ビジネス
            を始めた。  宅配業者とタイアップしたこのアイデア、 故郷活性化
            の試案 「雷電様の水ビジネス」 で私が温めていたものと殆んど同じ。
            先にやられたね! さすが甲斐の国、知恵者(山本勘助)の血(教え)
            を受け継ぐ人が多いのかな?  


  「黑戸尾根」   : 登山道は幾つか有るが、今回紹介する「黑戸尾根コース」は昔からの
             修験道コース。
             私の故郷「八海山」になぞらえれば「屏風道コース」のイメージかな?
             ただ、標高が高い分アプローチも長く、登山道三大急登のひとつに数
             えられる程 “山屋” 達には知られた難コース。
            (特に4~8合目付近はクサリ場やハシゴなどの岩場が連続する)

イメージマップ

   ♦ 広域図 (Yahoo Map より)・・・・近隣の山塊群とドライブスポット
甲斐駒ヶ岳-1.JPG

 ☆ 千丈が岳 ・・・ 甲斐駒ケ岳に隣接する一番近い百名山
 ☆ 鳳凰三山 ・・・ “ほうおうさんざん” と読み、薬師ヶ岳・観音ヶ岳・地蔵ヶ岳三峰の総称
 ☆ 白根三山 ・・・ 昔は 「白峰(はくほう)三山」 と言ってたが、白峰が「シラネ」→白根と
            変化して行ったものだろう。 (白馬:しろうま→はくば、と同様)
            こゝも、北岳・間ノ岳・農鳥岳の三峰を総称し白峰(白根)三山と言う。

 ☆ ドライブスポット

      夜叉神峠 ・・・・・ 白根三山の展望台
                 晩秋、初雪と紅葉・緑で三段染めの白根三山を狙ったカメラ
                 マンで賑わう所。  (駐車スペースは少ないので注意)
                 ただし、絶好ポイントは30分~1時間程山道を登った所。

               ※ 広河原方面へ下る人は道幅が狭いので、特に対向車に注意。

      甘利山 ・・・・・・ 全山 「つつじ」 で染まる、知る人ぞ知るつつじの名所
                 山頂駐車場から5分も歩けばつつじが出迎えてくれる、天気が
                 良ければ富士山もみえる。
                 花の季節には、鳳凰三山からわざわざこゝを経由して帰る登山
                 者達も多い。  (アプローチが長いので、登る人は少ない)

      温泉 ・・・・・・・ 新旧様々な温泉・鉱泉で楽しめる所が多い
                 芦安温泉、青木鉱泉、御座石鉱泉、桃の木温泉・・・etc.
 

   ♦ 甲斐駒ケ岳・黒戸尾根コースマップ  (カシミール3D より)
甲斐駒ケ岳・黒戸尾根.jpg

 ☆ 登山口 ・・・ 登山口は幾つか有るが、一般には尾白川渓谷沿いの “駒ケ岳神社” 口
           から登る。 八海山で言えば、城内口・八海神社が登り口と言う訳。

 ☆ 黒戸尾根 ・・・  甲斐駒ケ岳の枝尾根のピーク・黒戸山の尾根伝いに登ることから 黒戸
           尾根コースと呼ばれているらしい。

以下、TBS・BS番組 7/27放送の TV画面より ハイライト部分を!

 

「日本の名峰 絶景探訪」 より

TBS - 日本の名峰 - 002 - 甲斐駒ケ岳.JPG

TBS - 日本の名峰 - 001 - 甲斐駒ケ岳.jpg

  ♦ 4合目付近から? 「鳳凰三山」
TBS - 日本の名峰 - 003 - 甲斐駒ケ岳.jpg

TBS - 日本の名峰 - 004 - 甲斐駒ケ岳.jpg

TBS - 日本の名峰 - 005 - 甲斐駒ケ岳.jpg

   ♦ 刃渡り
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   ♦ 橋 ? ・・・最も私が行った時は天候に恵まれず霧の中だったが、記憶に無い
TBS - 日本の名峰 - 008 - 甲斐駒ケ岳.jpg

   ♦ 八合目 (7合目の七丈小屋泊で翌朝のご来光を見る場所) 奥が甲斐駒・山頂TBS - 日本の名峰 - 009 - 甲斐駒ケ岳.JPG

   ♦ ご来光 左・雲海の中から飛び出して居る山は 「八ヶ岳連峰」
TBS - 日本の名峰 - 010 - 甲斐駒ケ岳.JPG

   ♦ 八合目付近から、富士山~北岳方向
TBS - 日本の名峰 - 014 - 甲斐駒ケ岳.jpg

   ♦ 9合目付近から山頂(祠)、左「千丈ヶ岳」の稜線上に見えるのは「乗鞍岳」
TBS - 日本の名峰 - 016 - 甲斐駒ケ岳.jpg

   ♦ 9合目から山頂へ・・・ 正面の山は 「千丈ヶ岳」、右側遠くに「乗鞍岳」TBS - 日本の名峰 - 018 - 甲斐駒ケ岳.jpg

   ♦ 甲斐駒ケ岳・山頂TBS - 日本の名峰 - 019 - 甲斐駒ケ岳.jpg

TBS - 日本の名峰 - 020 - 甲斐駒ケ岳.jpg

   ♦ 山頂より : 白根三山 (左 「北岳」 右 「間ノ岳」 後の 「農鳥岳」 は雲の中)TBS - 日本の名峰 - 025 - 甲斐駒ケ岳.JPG

   ♦ 「富士山」 と、手前は鳳凰三山の中の 「地蔵ヶ岳」 (オベリスクが象徴的)TBS - 日本の名峰 - 024 - 甲斐駒ケ岳.JPG

   ♦ 左奥が白根三山~南アルプス、右が千丈ヶ岳の一部TBS - 日本の名峰 - 026 - 甲斐駒ケ岳.jpg

   ♦ 北アルプス方向TBS - 日本の名峰 - 021 - 甲斐駒ケ岳.JPG

   ♦ 穂高連峰
TBS - 日本の名峰 - 022 - 甲斐駒ケ岳.jpg

   ♦ 旅人 : 白石・・?さん (すみません最初の録画が欠けていた為、お名前は不明でした)
TBS - 日本の名峰 - 027 - 甲斐駒ケ岳.jpg

と、こゝ迄書いて来て、 ふと気が付いた。

 

エ! ・・・ 「八海山」?!

旅人の胸に記されたロゴは、「八海山」ではないか!

そこで、もう一度別の角度の画像をチェックして見付けたのが下記の写真である。

TBS - 日本の名峰 - 028 - 甲斐駒ケ岳.jpg

間違い無く 「八海山」 である。

清酒の八海山なのか、八海山スキー場のゴンドラ乗車券売り場近くの売店で見た事のあるTシャツの、延長線上の新しいウエア(土産品)なのか?

真実は分からないが、ロゴの書体などから、何か故郷との繋がりが有りそうだ。 嬉しいね!

偶然とは言え、ちょっとしたミステリーである。

 

感謝!

最後に、この番組を作られたTBS及び 制作スタッフの皆さん、他関係者の皆さんに改めて感謝致します。

この放送が無かったら、私の甲斐駒ケ岳の思い出も、私自身忘れ去ったまゝ思い出として書くことが無かった
かも知れません。

改めて、「日本の名峰 絶景探訪・甲斐駒ケ岳編」 に感謝と御礼を申し上げます。  (山﨑)

ガソリン、高くなりましたね~!

昨日、近くのガソリンスタンドで満タン給油したら レギュラーが153円/リットル、約31リットル 入ったので    4,738円の支払いとなった。 結構痛い出費である。

久し振りに600km以上の走行距離での給油だったので燃費表示画面を記録する事にした。


   ♦ その画面ががこれ、(給油中エンジン停止の為直前迄のグラフはリセットされてます)
          日中撮影(iPhone)の為、写り込みが有り見苦しい点はご容赦を!
20130815-1.jpg
 

ハイブリッド車

私の車はもう21万キロも走破した、プリウス(第2世代モデル)のポンコツ車である。

購入動機は単純で、当時年間4万~6万キロ位走る仕事が多かった為、「燃費が良くて当時乗ってたハリアー
と比較してパワーダウンしない車種」と言う要望に デーラーが提案してくれた3車種の中で、一番燃費が良く
て走行感覚も違和感の無い車種だった事で決めた。

パワーダウンと言う面ではハリアーのエンジンは排気量3リットル車だったのが、事前に試乗車に乗って見て
決めて居たとは言え、プリウスの場合1.5リットル車、実質1/2への排気量ダウンには、かなり抵抗が有
った。 一般にはハイブリッドアシストがあるから1.8リットル車相当と言われて居た。 が、実際の所は
「マユツバだろう!」 って考えて覚悟もしていた。

結局の所、燃費が話半分としても、「従来の車種(ハリアー)の7km/リットルの2倍以上」 は走れるだろうと言う期待がプリウス購入を決めさせた。

購入してすぐに北海道一周と往復でほゞ 4,500kmの仕事に行って来て、実用上パワー不足など一度も感じなかった事に改めて驚かされた。 確かに、高速道路で120km/h以上で追い越ししたりしようとすればパワーの差を感じる事が有るだろうが、普通の運転をする限りパワー不足は峠道等でも全く感じる事無く普通のガソリン車と変わりなく走ってくれた。

それより感動したのはやはり燃費、当時のカタログでは 28km/リットルを謳っていた為実用燃費は 「話半分」 と思って居たが、満タン法で測定した約4,500kmの実用燃費は、24.7km/リットル(高速と北海道内の道路事情が良かった為?)で有った。

その後も北海道へは数回行っているが、平均23km/リットル前後で、24.7km/リットルは今だにチャンピオンデータとなっている。
北海道旅行以外でのチャンピオンデータは25.6km/リットルで、高速道路と平地走行での約200km走行時。 この時はかなりエコ走り(急発進や急ブレーキなどをしない、エアコンを切って置く等)を心掛けた意識的実験データ。、

ハイブリッド車はこの様に運転の仕方によって燃費が大きく変わって来るが、特性を知って利用すれば経済効果も大きい。 一般的にハイブリッド車の燃費は平地を40~80km/h位の定速走行をする時間が長い程燃費データが良くなり、GO! STOP を繰り返したり渋滞が多い道を走る程燃費が悪くなる。

過去数年、関東周辺及び時々200~300km位のドライブをしているが 19~23km/リットルで平均は20km/リットル位、長距離走行の時のみの燃費は、約21~23km/リットルで平均は22km/リットル位が普通であった。

つまり、街乗りは平均20km/リットル長距離が平均22km/リットルと認識していた。

 

23.8km/リットルの謎

もう一度、冒頭の 「燃費表示画面」 をご覧下さい。
「平均燃費23.8km/リットル、走行距離737km」 と表示されていた。 これはガソリン満タンにしてから今回給油する迄の走行距離と平均燃費を表している。

ここで、ひとつ謎が生まれた。 今回の給油以前・約2ヶ月間、100km以上の長距離ドライブはして居らず、言わば街乗りだけの走行しかして居ない。 それなのに「平均燃費23.8km/リットル」 と、約3.8km/リットルも燃費が伸びた事になる。 謎である!

 

「運転者心理」と「平均燃費」の相関関係

正式な実験データがある訳では無く、過去の走行記録と今迄の私自身の生活・職業環境などを重ね合わせて回想してみると、最近2~3ヶ月以前の街乗り燃費データは、やはり平均20km/リットル程度。

一方、写真撮影はしていないが、約3ヶ月前と約2ヶ月前に25リットル+23リットル計48リットルの給油をし、約1,050kmを走行 → 平均燃費は 約22km/リットルと、約3ヶ月前から燃費向上が “顕著” になり始めたと考えられる。

あまり科学的な裏付けは無いが、この2~3ヶ月の間の生活環境の変化と言えば、私に取って第三のサラリーマン人生が始まった事だろう。
運転に変化をもたらす要因と言えば、就職に伴って精神的ストレスが極めて軽くなった事しか思い当たらない。

思えば5~6年前からストレスの多い仕事が連続して、1年前に退職後も就職先が決まらないストレスの多い日々が続いたが、再々就職した今は今迄になくストレスを感じないで伸びのびと仕事をしている実感が有る。
ハイブリッド車の燃費は、アクセルワークでかなり違う事は 「街乗りと長距離走行とで大きく違う」 と 前記でも書いたが、運転者の精神状況も、当然アクセルワークに影響を与える。 運転者のストレスは精神状況にも少なからず影響を与え、アクセルワーク → 燃費へと関連していたのでは無いかと類推できる。

 

【心のゆとり】 は "燃費" に表れる

その結果、【心のゆとり】 は "燃費" に表れる と言えるのではないかと思い当たった。

自分では自覚して無かった事ではあるが、恐らく、街乗りでの「急発進・急加速・急ブレーキ等の操作が少なくなっている」のでは無いかと自己分析している。
   (つまり、日常の走り方が穏やかになっているのかも知れない)

やはりこれからも、【「心にゆとりを持って」 安全運転とエコドライブを心掛けたい】 と思っている。

 

 

今回の話題は 「奥の細道」 から、

 

 【山寺 (立石寺) 】

  松尾芭蕉が「奥の細道」で名句を詠んで、今では知らぬ人が居ない程の、東北の名刹になった【宝珠山
  阿所川院立石寺(ほうじゅさんあそかわいんりっしゃくじ)】、 略して 【宝珠山・立石寺】、 又は通
  称 【山寺】 と言う。

       「閑さや 岩にしみ入る蝉の声」

あまりにも有名なこの、芭蕉の名句を知らない人は少ないだろう。
しかし、奥の細道の道程の予定外コースだった事を知る人は、意外に少ない。 つまり、芭蕉は平泉・中尊寺を出てから山形県の尾花沢へ来る迄は、そこから新庄へ出て 出羽三山 (羽黒山・月山・湯殿山) を巡って日本海側の酒田へ出る予定だったと言われている。

元禄2年(1689年)旧暦(陰暦)で5月17日~26日迄、尾花沢での地元の俳人達との句会や 俳句指導など の交流で滞在中に【山寺】の存在を知らされ、その見分を薦められ急きょ立ち寄ったのだが、調べてみると芭蕉としては山寺に付く迄は「皆がそんなに言うなら、ちょっと覗いて見ようか」程度に考えて居たらしい日程計画がかい間見える。 そして、その日程の誤算が芭蕉を山寺の宿坊に泊らせるハプニングを生み、これが後世に残る名句を読む動機になったのでは無いかと思う。

芭蕉自身も、思い付きでちょいと立ち寄った先で詠んだ一句がまさか、「自身で詠んだ俳句の中でも屈指の秀作として後世に評価」される事になるとは、思っても居なかったものと思う。

その【山寺】とは、以下の写真の様に自然の岩場を利用した修験道場的仏閣で、本尊は薬師如来とされている。

 

   ♦ 清水寺の舞台のミニ版を連想させる建物が、「五大堂」
       写真は 「紅葉には少し早い10月上旬」、「五大堂」右下の建物が「開山堂」と「納経堂」
山寺 - 1017 -  001.JPG

   ♦ 五大堂の反対、右側にある釈迦堂(岩の上の建物)・・危険な為非公開
山寺 - 1017 -  002.JPG

   ♦ 「芭蕉記念館/後藤美術館」 側から見た【山寺】全景と、手前は「芭蕉堂(茶室)」
山寺 - 1017 -  003.JPG

芭蕉が来た当時は勿論こんな施設も無いし、恐らく此方からの風景は芭蕉も見る事は無かったものと思うが、山寺へ行ったら素通りするのはもったいない眺めだと思う。(勿論食事何処などもある)

芭蕉も見たであろう、五大堂からの眺めは以下の通り。(勿論、写真は現在のもの)

   ♦ 「山寺駅」 から 「立石寺参道」(手前) 方向
五大堂からの眺め2.JPG

   ♦ 「芭蕉記念館/後藤美術館」 方向 ・・・ 春は桜が素晴らしい
五大堂からの眺め1.JPG

   ♦ 開山堂入口の説明書き・・・開山堂の横から五大堂に登る事が出来る
五大堂案内板.JPG
 

 

話を「奥の細道」に戻しましょう。

   ♦ JR仙山線で来たとして、「山寺」の駅から参道に沿って歩いて来ると、立石寺入口がある
山寺駅からの参道.jpg

   ♦ 「立石寺」へはこゝ、登山口から入門するのが一般的
立石寺入口.JPG

   ♦ 登山口を入って左に少し行った所に「芭蕉像」と「句碑」がある (山門階段が始まる手前)
山寺・芭蕉像1.jpg

   ♦ 春まだ浅い季節、いち早く参道・石段の両脇を飾るのはシャガの葉と、
             そして麓から咲き登る清楚な花々、急がずゆっくりとのぼりましょう
yamadera.jpg

 

さて、 【山寺】 の主要イメージは描いて頂けたと思いますが、こゝで少し 「奥の細道」 から松尾芭蕉達の来た時の動向を追って見たい。

 

山寺巡礼と名句の背景

尾花沢で 【山寺】 の事を聞かされ急きょ予定を変更して周る事にした 「 松尾芭蕉と曽良 」 は旧暦5月27日、現在の新暦では7月13日朝(以降は新暦表示とします) 辰の中刻・尾花沢を出発し、未の下刻・山寺に到着した。 その後、寺の宿坊に荷物を置いて山寺を巡礼(見学)して周った結果、当初予定の山形迄(約3里)行く予定だったが、中止して山寺の宿坊に一泊する。

そして読まれた名句の≪原句≫がこれ、

  ≪原句≫            【山寺や 石にしみつく 蝉の声】
 

翌日は山寺から来た道を引き返して、途中から大石田の最上川・舟下りの乗船場へ向かって居る。

また、翌7月14日、「山寺」を発った芭蕉一行は約11里(約44km)の行程を「大石田」迄行き、7月14日~17日迄上流の豪雨で増水した最上川の舟待ちをしながら開いた句会でもう一つの名句が生まれる。その≪原句≫がこれ、

  ≪原句≫            【五月雨を 集めて涼し 最上川】
   

「ん! 何か違うんじゃないの ・・・・・?」 ってお気付きの方、さすが通ですね。 「芭蕉翁」程の俳人と言えど、一発で満足出来る句を詠みだす事は難しかった様ですね。

同行者「曽良」の記録によれば、【山寺】で詠んだ句 は大石田で舟待ちして居る時に推敲を重ね、下記最終形の句が完成。

  ≪推敲後≫             【閑しさや 岩にしみ入る 蝉の声】
 

「五月雨を・・・・」 の句 は、7月19日、新庄~羽黒山への途中、清川迄への舟下りの船上で最終形になったとされている。

  ≪推敲後≫             【五月雨を 集めて早し 最上川】

 

山寺と「蝉」論争

昭和初期、山形県出身の歌人・斉藤茂吉と国文学者小宮豊隆との間で「芭蕉」が “岩にしみ入る” と詠んだ蝉が、「油蝉」とする斉藤と「ニイニイ蝉」とする小宮との間で激論となり翌年同時期現地で実証見分を行い、「ニイニイ蝉」 しか確認出来なかったとの事になり、斉藤側から詫びが入り、一件落着。

となったと言う話が有名だが、他にも色々な蝉を提唱する論議があるそうだ。

そこで、私なりに少し考えて見た。

まず、既存の蝉論争については一旦白紙に戻して頂いて、環境庁が掲示している「緑の国勢調査・’95 身近な生きもの調査」で蝉の初鳴き時期についてのデータ(抜粋)を見て頂きましょう。

蝉の鳴き始め時期 1.JPG

注目して欲しい事は鳴き始めの分布図、 図はミンミンゼミのデータでの分布であるが、ヒグラシとツクツクボウシもほゞ同じ分布との事。 (アブラゼミとニイニイゼミのデータは無かったが、体験的判断ではミンミンゼミより多少早くから鳴き始めるものと思う)
クマゼミについては、今回のテーマ【山寺】では無関係なので割愛しました。 (詳しくは、こちら、環境庁・当該ページ のリンクをご覧下さい)

分布図でお気付きの方も多いと思いますが、 以外な事に桜の様に 南からでは無く北海道が最も初鳴き時期が早く、関東・北陸・関西が最も遅い事 です。

これを見ると、芭蕉の参詣した7月13日と言う時期に、斉藤茂吉や小宮豊隆の様に単純にアブラゼミVSニイニイゼミと言う構図だけでは無く、ミンミンゼミやヒグラシの出番も十分に有り得るのでは無いかと思われる。

もう一度、芭蕉が参詣した時の状況を想定して見たい。

7月13日、尾花沢を 「 辰の中刻 」 に出発、山寺へは 「 未の下刻 」 に到着。   その後、宿坊に荷物を預けて山内巡礼に出掛けたと言う。 山寺の山内巡礼には例え旅慣れた芭蕉と曽良であっても、時間的に各お堂等の扉が閉まって居たとしても、最低1時間程度は必用だったものと考える。(一般用パンフレット等では、標準で約 90分と言われている)

そこで、「辰(たつ)の中刻」 ・ 「未(ひつじ)の下刻」 とは一体何時頃かと言うと、当時庶民は≪不定時法≫と言う「日の出から日暮れ迄と日暮れから日の出迄」をそれぞれ6等分して時間を決める方法で、時間を管理(表現)していた。
従って、春分・秋分には12等分すべて同じになるが、冬至と夏至には昼の1時間と夜の1時間との実際の長さが大きく違って来る事になる。

   ♦ 芭蕉が山寺に行った頃は夏至から22日目
不定時法.JPG

山寺の時刻は江戸よりおよそ20分位早くなる

従って、

 

「辰(たつ)の中刻」 とは

          早朝6時半~7時頃

 

「未(ひつじ)の下刻」  とは

          夕方15時半~16時頃

 

芭蕉が実際に山内巡礼を行った時間帯は、

      16時頃~19時頃迄 と推測される

 

☆ 果たして芭蕉が聞いた声のセミとは?

   先の分布図と、芭蕉が耳を傾ける可能性のある時間帯の相関関係をつなぎ合わせて行くと
   候補となるセミは多く無い。

   ♦ 日程から浮かぶ候補・・・・・・・・アブラゼミ、ニイニイゼミ、ヒグラシ、ミンミンゼミ

   ♦ 時間帯から見えて来る候補・・・・・ニイニイゼミ、ヒグラシ、(ミンミンゼミの可能性も?)

   ♦ 歌を詠む人の感性に響く音色・「岩にしみ入る」 に似合うセミは?

   と、考えて行くと、時間帯で一番コンスタントに鳴いている可能性がある事から、また、「岩にしみ
   入る」 と詠まれるに相応しい音色になるセミは、単体の鳴き声でも複数のヒグラシの合唱でも、他の
   種類のセミが混じっていたとしても、【ヒグラシ】 の声ならば 「岩にしみ入る」 の表現に最も 相応
   しいと思う。 
   そんな理由から、芭蕉の詠んだセミのイメージは【ヒグラシ】であろう、と、私は考えている。

 

現代と違い、コンビニも無く、町に街灯も無い時代、ミンミンゼミやアブラゼミは午後2時を過ぎれば殆んど鳴かなくなるだろうし、ニイニイゼミも、日が陰る頃になると鳴き止んで居た様に思う。
 (ミンミンゼミは結構気まぐれで・・・たまに日暮れ時、短時間鳴く個体も居る様だ)

反面、ヒグラシの場合は日が陰ってもかなり薄暗くなる迄鳴く習性があり、芭蕉の山寺巡礼の時間帯とピタリと重なる。

斉藤茂吉と小宮豊隆が現地検証をしたとの事だが、もしかしたら≪不定時法≫の解釈を間違えて、芭蕉達の山寺到着時間を午後2時~3時半頃として検証したとすれば、アブラゼミやミンミンゼミは鳴き止み、ニイニイゼミが一番盛んに鳴き、ヒグラシもまだ鳴かないと言う時間帯に当たった可能性が高い。

そんな事も各自で考えて見てはいかがですか? 山寺も、また違った発見があるかも知れませんね!

 

最後に、最上川の風景を!

   ♦ 舟下り (高速船)
最上川 1.JPG

最上川 2.JPG

   ♦ 白糸の滝 (羽黒山口、清川乗船場2~3km手前=上流左岸にある) 対岸レストハウスより
最上川 3 白糸の滝.JPG

    ♦ 「白糸の滝」繋がりで

         ① 浅間・鬼押し出し近くの 「白糸の滝」  ・・・・ 雄 page 当該ぺージへリンク

         ② 富士山・富士宮の 「白糸の滝」

2005.01.13-B 白糸の滝 006.JPG


 

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