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ほぼ満月

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2015年9月27日(日)中秋の名月、28日(月)満月(スーパームーン)。で、写真は30日(水)午前5時25分頃の日の出時刻、朝焼けとほぼ満月の西の空。くっきり、はっきり見える月。

 

20150930ほぼ満月.jpg

Y字路

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なぜか昔からY字路の写真や絵を見ると、なんて言ったらいいのだろうかドキッとするというか、ゾクッとするというかへんな気持ちになる。そういえば、「魔法少女まどかマギカ」にもY字路が出ていたなあ。横尾忠則なんかY字路の絵を相当数描いている。

最近、八海山倶楽部に投稿してないし、そうだ、向島辺りのY字路でも探してみるかと思い撮ったのが下の写真。Y字路はこうなってなければいけないんだよ、などという定義があれば教えてもらいたいが、とりあえずY字にはなっているだろう。Yの突き当たりの家の人は出入りしにくそうだなとか思ってしまうが。これからもY字路を探してみよう。こうなるとスコトーマが外れて今まで気がつかなかったY字路が見えてくる。

 

 

向島5丁目0921.jpg

▲向島5丁目(写真上が北)。右の道を行くと言問小学校がある。

 

向島5丁目弘福寺前0921.jpg

▲これも向島5丁目(写真上が南)。隅田川沿いの墨堤通りが隅田川から離れる通り。すぐ右が長命寺・言問幼稚園と弘福寺。

富士男と富士子

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最近女性小説家の小説ばかり読んでいる。

湊かなえ、山本文緒、唯川恵、中村うさぎ、姫野カオルコ、笙野頼子・・・面白いなあ。自分を女好きだと思っていたが小説までとは。ジェフリー・ディーヴァーものの翻訳をしている池田真紀子さんの翻訳も相当いいしなあ。

家から富士山が見える。冬は夏よりよく見える。というかでかく見える。富士山と言えば、富士男とか富士子とか。

夕日に照らされる富士山もいいし、朝の富士山もいいよなあ。

冬の夕富士0117.jpg

▲1月17日午後4時51分

冬の夕富士0118.jpg

▲1月18日午後5時24分

冬の富士山0123.jpg

▲1月23日午前10時38分

 

おれはスカイツリータウンの東京ソラマチ2階の三省堂書店によく行く。

必ず本を買う、あるいは本を買うために行く、という訳ではない。

おれの趣味は、図書館に行くこと。それと似たようなかんじ。

珍しく、スカイツリーがライトアップされる時間まで居た、外に出てわかった。

三日月とスカイツリー。手ぶれで写真がぼけているので三日月とわからないか。

スカイツリー20141227.jpg

 

ついでに広場も。

スカイツリー広場20141227.jpg

花見の準備

3月16日の日曜日、家を出て、隅田川土手~スカイツリー~牛嶋神社(隅田公園)~三囲神社~向島町内などをぶらぶらしてみた。

そろそろ花見の時期だ。町会の出店が建てられ、開店を待っている。向島一丁目の町会は、先週準備し終わっていたが、ほかはこの土日に建てられた。例年通りの日程だ。

墨媞懲戒出店0316.jpg

▲オープンしたらこの辺で一杯。

 

墨堤桜橋0316.jpg

▲隅田川にかかる歩行者専用の桜橋。普通の橋と違ってこんなところにネームが表示されている。向こう河岸が浅草。

 

墨堤桜橋全景0316.jpg

▲桜橋。こう見るとわからないが、上から見るとエックス型になっている。しなやかな伸びやかなラインが美しい。

 

隅田公園桜つぼみ0316.jpg

▲一部咲いてる桜もあったが、たいていはこんな感じで、ぱんぱんに膨らんだ状態。もうすぐ咲く。撮影場所は隅田公園内・牛嶋神社付近。

 

バルタン星人あらわる

隅田公園を散歩していると、突然バルタン星人が出現。

 

隅田公園資料館遠景0316.jpg

▲これは屋根というか建物上部が特徴的な形の墨田区郷土資料館だ。スカイツリーラインに乗っていても見える。

 

隅田公園資料館みめぐりから0316.jpg

▲明るくすると、こんな感じ。この鳥居は三囲神社(みめぐりじんじゃ)。ここから歩いて1分くらいの所に郷土資料館はある。

 

タイトルとと内容はほとんど関係なし。でも、なんとなく月は幻想的にさせてくれる、ということでこのタイトルに。そしてすぐに現実(6ペンス)に引き戻されるわけだが。

 スカイツリーと月平成25年25%.jpg

▲自転車での通勤帰りに月が出ていた。場所よってちょうどスカイツリーの真上に来る。そこでパチリ。場所は墨田区役所の東側。息をフーフーやって玉を浮き上がらせるパイプのような形をしたおもちゃがあったが、そんな感じの図。

 アサヒビールと月平成25年25%.jpg

▲アサヒビール本社ビルの「炎」と一緒にパチリ。スカイツリーの写真と同日。でも、帰りの道順としてはこちらの方が先。

言問橋平成25年25%.jpg

▲言問橋とスカイツリー。月の前日撮った写真。おれはちょっと乱視なので、そのせいか言問橋の明かりが、「妖怪人間ベム」が「妖怪」になったときの頭に見えてしまう。たまにキノコにも見えてしまうけど、最初に見た印象はやはり「妖怪人間ベム」。ま、「ベロ」でも似たようなものだけどね。「ベラ」はちょっと違う。

北十間川を歩く

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 11月4日、墨田区の北十間川を端から端まで歩いてみた。城内の新田堀=土井の堀や石万川(こくまんごう)、清水川(しみずこう)をいつか辿ってみるときのためのシミュレーションのつもり。

 北十間川は、西は隅田川、東は旧中川に接続するこぢんまりしたバイパスのような川。墨田区の資料によれば、もともと江戸時代、材木を運ぶために開かれた掘り割り。総延長は3.264キロメートルとか。吾妻橋東詰めに建つ墨田区役所の北側、源森川水門から始まり、スカイツリー横を通って墨田区と江東区の境を流れ、最終的には隅田区、江東区、江戸川区の交差する旧中川へと流れ込む(といっても、どっちへ流れているか見た目ほとんどわからず)。 名前の由来は川幅が「十間」だからだそうだ。資料にはたしかに「幅18メートル」とあるが、水のある部分だけだともっと狭く感じる。実際、「墨田区では一番狭い川」とある。読みは「きたじゅっけんがわ」とされているが、本来的には「きたじっけんがわ」のような気がするが……。
 

浅草・吾妻橋から北十間川樋門

 朝九時半、東武線の浅草駅を出発、吾妻橋を渡り、北十間川と隅田川との接続部に。ここが源森川水門。北十間川なのに、なぜ源森川の水門なのかというと、昔この墨田川との合流点から大横川(現在ほとんど公園)までを源森川といったからだそうだ。で、大横川から先の方を北十間川といった。何の「北」なのか? 本所の北又はつながっている横十間川の北だから。今は現森川も北十間川もまとめて「北十間川」とされている。落語に「宮戸川」というのがあるが、これは隅田川の駒形橋辺りから橋場辺りまでの隅田川を表現する古い言い方だ。現森川、北十間川という言い方もこれと似たようなものか。

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   ▲吾妻橋赤ら墨田区方面を望む。スカイツリー左の建物が墨田区役所。その左下、わずかに見える東武線の鉄橋の下辺りが北十間川入り口の源森川水門。なお、中央の金色のビルとその右の人魂のようなもの(実は炎だという話)が乗っている建物はアサヒビール本社。
 

25%源森川水門DSC00113.jpg

    ▲源森川水門。写真左が隅田川、右が北十間川。青い水門の下にちょっと見えるのが枕橋。左上の鉄橋は東武伊勢崎線。


北十間川にかかる橋など

  水門から少し行くと「枕橋」(平仮名表記は「まくらはし」)。ここから北十間川の旧中川までに架かる橋や水門を見ると以下のとおりである(青い水道管みたいなものもかかっているがこれは省略)。かっこ内は橋に表示してある読みで、右・左は橋を渡ろうとするときにどっちの方に表示してあるかを示す。隅田川に架かる橋は向かって左が「○○はし」とひらがな表記、右が「○○橋」と漢字表記であるが、北十間川ではこれが揃っていないので、対比がわかるようにこのようにした。


1.源森川水門 2.枕橋(左まくらはし) 3.源森橋(左げんもりはし) 4.小梅橋(左こうめはし)

5.北十間川樋門 6.東武橋(右とうぶばし) 7.おしなり橋(右おしなりはし) 

8.京成橋(左けいせいばし) 9.西十間橋(右にしじゅっけんばし) 10.十間橋(左じゅっけんはし)

11.境橋(中央左さかいばし) 12.福神橋(右ふくじんばし) 13.東武亀戸線の橋

14.小原橋(左おはらばし) 15.新小原橋

  これら橋がいつ作られたのかは調べていないのでほとんど分からないが、一番新しい橋は7.の「おしなり橋」だ。スカイツリーとともに作られた。名前もご当地キャラの「おしなりくん」と同じで、「押上(おしあげ)」と「業平(なりひら)」の地名の合成。11.境橋は、渡りはじめでなく、欄干の中央に表示されている。

 ちなみに「源森川」の北側辺りを昔「小梅」と言った。今でも小梅小学校や小梅通りなどの名前に残っているが、この「小梅」、古い東京下町の人は「こうめ」とは言わない。「こんめ」と言う。しかも「こ」にアクセントを置いて「こんめ」。

25%現森橋の上DSC00119.jpg

▲現森橋の上にあるオブジェ。

 

25%北十間川樋門DSC00120.jpg

▲北十間川樋門。枕橋、源森橋、小梅橋と来ると次に北十間川樋門に突き当たる。

近所の名所 など

  25%隅田公園看板DSC00117.jpg25%牛嶋神社DSC00118.jpg25%大横川親水公園入り口の看板DSC00123.jpg

 ▲左から隅田公園の沿革看板、牛嶋神社、大横川親水公園入り口にあるの看板

 

東武橋から西十間橋

  この辺は今一番脚光を浴びているところ。スカイツリー効果は相当大きい。浅草からスカイツリー周辺は人気の散歩コースと言える。

25%東武橋から東を望むDSC00126.jpg

▲東武橋から東。ちょうどスカイツリーの前。

 

25%おしなり橋DSC00129.jpg

▲おしなり橋。

 

25%西十間橋DSC00130.jpg

▲西十間橋。一部工事中。

 近所の名所

25%大横川親水公園DSC00210.jpg25%春慶寺DSC00213.jpg25%岸井DSC00215.jpg

▲左から大横川親水公園、春慶寺(今はビル)、岸井左馬之助(鬼平犯科帳の主人公の友達)寄宿の碑

 

十間橋、横十間川から旧中川

  十間橋から南に行くと横十間川になる。その向こうが江東区。錦糸町方面に向かう。右手に見えるのは柳の木。この辺柳島といい、柳が多い。

25%十間橋から東、横十間川DSC00131.jpg

▲十間橋から東方向を望む。横十間川との交差点。右手が横十間川。

 

25%河川標識DSC00224.jpg

▲北十間側と横十間側の交差点にある河川通航標識。一つ前の写真でも右側の柳の木の間辺りに見えている。意味は、左から①船幅の制限。幅3.6メートルまで。②追い越し禁止。③速度制限。④東行き郵優先。東は左の旧中川方面。

 

25%境橋袂のほこらDSC00135.jpg

▲境橋の南西側に建つ六字名号(南無阿弥陀仏)供養塔・祐天堂。ビニルが被せてあるのが木下川やくしみち道標。

 

25%福神橋から境橋方面DSC00154.jpg

 ▲福神橋から境橋方面(西)を振り返る。

近所の名所

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▲左から吾嬬神社、墨田区緑と花の学習園、同園になっているミカン。

 

25%東武亀戸線と小原橋を望むDSC00151.jpg

 ▲ちょっと重なってわかりづらいが、東武亀戸線の橋と小原橋、新小原橋。この辺はススキが多い。さすがにマタイムの屋根を葺き替えられるほどはないが。

 

25%亀戸線の橋DSC00139.jpg

▲前の写真よりさらに近づいて撮った。手前が東武亀戸線、奥の青いのが新小原橋、その下が小原橋だがこの位置からだとよく見えない。

 

25%小原橋と新小原橋DSC00146.jpg

▲手前が小原橋で、上の方が新小原橋。小原橋は人や自転車しか通れないが、新小原橋は自動車も通れる。

 

25%北十間川出口と旧中川DSC00147.jpg

▲終点の旧中川との接続部。この時期、ハゼ釣りの人が多い。ハゼもたくさん釣れていた。

 

 

富士塚

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富士講と富士塚

 10月19日朝、富士山を見ると白くなっていた。18日は雨だったので見えなかったが、たぶん18日から19日にかけて初めて雪が積もったのだろう。私の部屋からは富士山が見えるので、毎朝富士山を拝んでいる、ということはないが、山岳信仰は昔からあるようで……。我らが故郷の八海山も信仰の対象として有名で、八海講というのも組織されている。
 富士山信仰者の集団である富士講は最も有名だし人も多い。今でも、信仰としての登山ではないが、富士登山は大流行で、特に御来光の見られる時間帯の頂上付近は超混雑している。台東区下谷の小野照崎神社にある台東区教育委員会の掲示板によると、富士山信仰は室町時代末期頃に起こり、江戸時代中期にはかなり流行った。富士山に似せて作った富士塚も数多く作られ、江戸近郊で50以上はあったという。
 富士講ではみんなで富士山の麓辺りにある御師(おし=指導者)の家に泊まって富士山を目指した。が、実際登るとなるとお金もかかるし時間もかかるし、それに当時は交通事情も悪いしで、皆が登れるわけではなかった。で、それが出来ない人のためにも、模造の富士山を作ってこれに登る。そうすれば本物の富士山に登ったのと同じ御利益があるというわけだ。

 先日、近所の富士塚のある(あった)神社に行ってみた。(写真やっぱり傾いてますね(^^;))

浅草富士浅間神社(台東区浅草5丁目)

 浅草寺の北というか裏手といって真っ先に思い浮かぶのが吉原だが、その手前、浅草寺裏から300メートルほど北に行ったところに浅間神社(元禄年間1688~1703の創建とのこと)がある。ここに富士塚があったという。現在、富士塚はないが、手水鉢に富士山の溶岩が使われており、その名残を見せている。またこの辺は、台東区立富士小学校や富士公園があり、富士と因縁深い感じ。
 祭神は浅間神社の代表的パターンの一つ木花咲耶比売命(このはなさくやひめのみこと)。

 ●浅間神社の手水場

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 ●浅草の浅間神社社殿     ●おまけ-吉原大門(よしわらおおもん)に立つ何代目かの見返り柳

浅草富士浅間神社30%.jpgのサムネイル画像吉原見返り柳 30%.jpgのサムネイル画像

 

 

 

 

 

 

 

 

石浜神社(荒川区南千住3丁目)

 浅草寺から隅田川沿いに上流(北東)へ向かい、白鬚橋を右に見ながら数十メートル行くと石浜神社があり、この境内に富士塚がある。宝暦8年(1758)の建立という。
 またこの境内には、真崎(先)稲荷があり、池波正太郎の小説「剣客商売」の主人公、秋山大治郎の道場兼住居はこの近くにあったという設定。真崎稲荷は小説中に頻繁に登場するので知っている人も多い。しかし、実際石浜神社に行ってみると、大々的に真崎稲荷神社を宣伝しているわけではないので注意して見ないと見落としてしまいそう。大正15年(1926)、石浜神社に併合されたとのこと。
 祭神は、天照大御神(あまてらすおおみかみ)と豊受姫神(とようけひめのかみ)。なお、豊受姫神は真崎稲荷の祭神。

 ●石浜神社境内にある富士塚

石浜神社富士塚30%.jpgのサムネイル画像

 ●石浜神社本殿     ●石浜神社の一部と隣にある東京ガスのタンク

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小野照崎神社(台東区下谷2丁目)

 小野照崎神社(寛永2年1625年創建?)は、浅草寺から行くと、石浜神社と反対側、西北方向にある。 ここの富士塚は、下谷坂本の富士塚として有名で、昭和54年、国の重要有形民族文化財に指定されている。高さ約5m、直径約16m。坂本というのは昔の村の名前。
 平成24年10月現在、重要有形文化財の数は212。東京都ではこのほか、江古田の富士塚と豊島長崎の富士塚がやはり昭和54年に重要有形文化財に指定されている。
 小野照の祭神は、小野篁命(おののたかむら)と菅原道真命(すがわらみちざね)である。

 ●小野照崎神社内にある藤塚

20121020小野照62%.jpgのサムネイル画像


上原の富士塚(城内)

 城内にも富士塚があるということは知らなかった。上原の故廣井正さんの文章を引用すると、「上原の西方、下原と新堀の境に接して、大字上原新田字富士塚がある」。場所はたぶん今の上原保育園の前をとおる道を下原方面に下ったところだと思う。だだっぴろい田んぼの真ん中にぽつんとある林の中が多分そこだろう。ここには2つの塚と稲荷様が祀られているが、創立等については不明だという。伝説によれば、源頼朝が富士の裾野で巻き狩りをしていたときに逃げ延びた狐が住み着いたとのことだが、この話は私もどっかで見たことがある。天和の検地帳には「藤塚」と記されているという。富士山信仰なのだろうか? 八海山の下にありながら?

初のピンク色に点灯

10月1日、会社帰りにスカイツリーを見ると、今までに見たことない色に点灯されていたので思わずパチリ(台東区側の隅田公園言問橋横から)。10月は乳がん月間で、早期発見の大切さを伝えるピンクリボンキャンペーンに賛同しての、この日だけの特別ライティングだそうだ。あとで調べてわかった。通常は青っぽい色の「粋」と紫色の「雅」。

右の写真は2009年の10月1日に偶然撮った作りかけのスカイツリー。

標高634メートルの坂戸山

気づいている人も多いと思うが、スカイツリーの高さ634メートルは坂戸山と同じ。私はNHK大河ドラマ天地人がはやったころようやくこれに気づいた(ドラマは見ていない。というかテレビがなかったので見ることが出来なかった)。

40年ぐらい前、小学生のとき郡の水泳大会の練習とかで六日町の温泉プールに練習に行ったことがある。そのときにどうしても目に入るのがべとがむき出しになった坂戸山の登山道だ。いまでも六日町に行くと、なんとなくあの坂戸山の茶色い登山道を探してしまう。

2012100120180000ピンクツリー.jpgのサムネイル画像20091001ツリー作りかけ.jpgのサムネイル画像

 

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