故郷を離れて既に40年 東京・武蔵野の水辺を中心とした身近な風景と駄文を発信します

玉川上水-3(玉川上水駅から小平中央公園)

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武蔵野台地の峰を歩く

上水屈指の景勝

小平市を流れる今回の区間は、玉川上水全体の中でもおそらく歩いて一番気持ちのいいコースではなかろうか。
小平監視所から下流の、素掘りの状況をそのまま残す玉川上水の姿、それと並行して流れる小川用水・新堀用水。二つの流れに挟まれながら、その間を鬱蒼と茂る雑木林に囲まれた緑道が続く。
この「一番いいコース」を、一番いい時期に歩いてみようと企てた。

井の頭池を目指して

地形的な注目点としては、玉川上水が武蔵野台地最上部、つまり台地の峰・分水嶺を通ってコース取りされている点を挙げたい。

既に玉川上水駅付近で国分寺崖線を越え、台地最上部の武蔵野面に上がった玉川上水の次の当面の目標は井の頭池。
井の頭池からは既に当時、神田上水が江戸まで整備されていた。だからここまで辿り着ければ江戸までの通水は取りあえずは保障されたようなもの。しかし神田上水は元々井の頭池からの自然の流れを利用したもので、従って谷筋に沿って標高が低い。最終コースの関口大洗堰の標高は10m、下町への給水はなんとか出来るとして山の手台地への給水、特に江戸城(半蔵門の海抜は28m)への給水は無理。

玉川上水の最終目標を四谷大木戸に設定したのも、その高さ(標高33m、江戸市内でも最高地点)。ここに水を持ってこれればその先江戸市中全域にスムーズに流せるし、江戸城にも供給出来る。既に整備されていたとは言え、単純に神田上水に合流させる訳にはいかなかった。

台地分水嶺

元々の神田川=神田上水がそうであったように自然の流れは常に地形の中で一番低いところを、谷を刻みながら流れ、地形に沿って言わば最短距離で海にそそぐ。
それに対し、水を遠くまで届けようとした時、地形の一番高いところを選んでコース設定する必要が有る。一旦低地に落としてしまえばそこで水は滞る。

今回、玉川上水駅からのコースを地形断面図等を参照しながら見ると、正に武蔵野台地の峰・分水嶺を流していることがよくわかる。地図を見ただけでは多分分からない。

 

地形図

クリックすると拡大表示されます。

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撮影マップ

クリックするとGoogleMapと連動して開きます。

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上水沿線断面図

玉川上水に沿って何ヶ所か、KASHMIR 3Dで断面図を作ってみました。武蔵野台地の峰・分水嶺を選んでコース取りがされているのが分かります。
つまりこの玉川上水を境に、北に降った雨は荒川水系に、南に降った雨は多摩川水系に流れ込む訳だ。
又、分水嶺を通っていることで、幾つもの分水を左右(南北)に分けて流すことも可能になっている。

マーカーは玉川上水の位置です。
(断面は垂直方向に強調されています。各図において水平・垂直の比率が異なっています)

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玉川上水駅(南口)、清巌院橋

上流方向

西武拝島線玉川上水駅南口を出たすぐ前を、西から東に玉川上水が横切っている。駅前の橋は清巌院橋。
写真は上流方向、朝日を浴びて、写真では木々の葉が不自然に赤い。玉川上水駅は写真右側。上を多摩モノレールが通っている。

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下流方向

下流方向左岸は、駅に通う人たちの自転車置き場や一般道路、右岸は玉川上水緑道となっている。当然右側を歩く。

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武蔵野面

緑道がやや登り坂になる。この辺、国分寺崖線の端を越えた位置に当たることが地形図を見るとよく分かる。つまり玉川上水はこれから武蔵野台地最上面、「武蔵野面」を流れることになる。

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小平監視所

細い遊歩道を抜けて、小さな休憩所風な場所と共に小平監視所が目の前に現れる。

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  多摩川の水はここまで

この小平監視所を境に、上流と下流で玉川上水の性格は一変する。ここまでの水は羽村堰で取水された多摩川の原水。ここから下流の水は多摩川上流再生水センターでの高度下水処理水。

ここまで流れてきた多摩川の原水はここで全て汲み上げられて、地下の導水管(砂川線:2300㍉径)により東村山浄水場へ送水される。ここはその為の原水取入口兼沈砂池として、1963年(昭和38年)6月から運用開始された施設。同時に小川用水・新堀用水の取水口でもある。又かっての野火止用水の取水口でもあった。

 

右端・新堀用水取水口、左側は上水本流芥止め

小川用水・新堀用水は現役の用水で有る為、この先の玉川上水や野火止用水と違って、再生してあるとは言え下水を流す訳にはゆかず、多摩川の原水を流している。

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下流側から

長い沈砂池が見える。

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上水小橋と清流復活事業

玉川上水緑道はこの先下流、左右両岸に続く。
小平監視所から直ぐ下流のこの位置に、両側の緑道を結ぶ小路が写真中央左側から「上水小橋」を渡って対岸に続く。玉川上水内に直接立ち入ることのできる、数少ない場所。
同時にここが、多摩川上流再生センターからの高度二次処理再生水によって復活した、再生玉川上水の起点であり、かっての素掘り状態の玉川上水が始まる。

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多分地元の老人会か何かだと思うのだが、落ち葉の清掃をしていた。

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  蘇る清水

上水小橋(写真右端)脇の風景。石組みから水が流れ落ちる様は中々の雰囲気。
高度二次処理された下水とのことだが、見た目は非常にきれい。石組みの間を流れ落ちる水だけでなく、大半は下から湧き出る仕組みになっている。
下の流れの中で鯉やハヤが群れをなして泳いでいる。カモも時々顔を見せる。

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新たな流れの始まり

コイやハヤが群れる通路両脇の水路を通り、再現された玉川上水の流れが始まる。

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※ 姿を一変させる玉川上水

小平監視所を境に多摩川原水と高度処理下水と、流れる水は不連続に一変している訳だが、同時にその姿も又一変する。
ここまでの玉川上水、特に拝島からは玉石やコンクリートで護岸され、川底も浅い。それに対しここから先の玉川上水は素掘りのままで基本的に護岸されておらず、川底も深い。
その大きな理由は、立川面と武蔵野面での関東ローム層の厚さに有るのだろう。立川面は形成が新しくその分ローム層(立川ローム)の厚さも2~3メートルと薄い。つまり拝島からここまでの区間では、礫層への「水喰らい土」を恐れ深く掘削出来なかったし護岸も場所によって必要だったのだろう。勿論江戸時代にコンクリートは無かった訳だが護岸が必要だった事情が変わる訳もない。

 

  清流復活事業

上水小橋を渡って左岸に上がった所にある「玉川上水 清流の復活」碑。同時に野火止用水復活の記念碑でもある。
現在「清流復活」は武蔵野の各地で見られるが、その口火第一号は野火止用水だった。玉川上水復活事業はそれに次いでの二番目の対象事業だったそうだ。

かってここから下流の玉川上水は長い間水の流れが途絶え空掘り状態だった。
開削以来300年の間に水によって関東ローム層の壁面は浸食を受け、口すぼまりの壺状になっていた訳だが、それでもその壺の口付近まで水が流れていた間は、有る程度の粘着性を保っていたという。
通水が止まっての乾燥と特に冬季間の凍結と解凍の繰り返しによる影響で、関東ローム層の壁面崩壊が激しく、又、景観を残そうとする沿線住民の要望もあって、1986年(昭和61年)、東京都清流復活事業による高度下水処理水が放流されることとなる。

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野火止用水緑道

上掲写真の直ぐ脇から、野火止用水が始まる。
東大和市駅脇の青梅街道までは暗渠の緑道。その先野火止用水緑地までは復活せせらぎの道が続き、野火止用水緑地で開渠として姿を現し、新座まで流れてゆく。
詳細は上記リンクから。

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玉川上水右岸

上水小橋から下流、緑道は玉川上水の左右両岸に続いていてそれぞれに趣が有る。特にこの先「西中島橋」までのおよそ700メートル余りの区間はどちらも捨てがたい。
……と言うことでこの区間、両側を歩くこととする。最初は右岸(南側)から。

両岸を歩く余裕が無くどちらか片方だけ歩こうという方、選択の参考にしてください。

 

上水小橋脇からのスタート

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この辺から、右側に広がる。

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西中島橋

ここまでは左右両岸どちらも捨てがたい風情があるが、この先は左岸の景色に軍配が上がる。ここで西中島橋を渡って左岸の緑道に移るのもいいだろう。

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西中島橋から下流、右岸の景色。

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西中島橋から上流方向を振り返った景色。

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玉川上水左岸

西中島橋で右岸は切り上げ、一旦上水小橋まで引き返し、今度は左岸を通して歩くこととする。

 

「玉川上水清流復活の碑」から、左岸スタート

この後、一貫して左岸を歩く。

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11月の都心の雪としては54年ぶりとなった、二日前の雪が少し残っている。

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右岸は擬木のフェンスだったが、こちらは西中島橋まで金属製のフェンス。その点やや風情に恨みを残す。

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  こもれびの足湯

上水左岸に広域事業のごみ処理場などが見えてくる。この足湯施設はその一角に有り、利用は無料とのこと。
今回は時間がは早かった為、未だオープン前だった。

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西中島橋

右岸で引き返した地点。ここからは左岸の景色にハッキリ軍配が上がる。フェンスも金属からコンクリートながら偽木のフェンスになる。雰囲気も上がる。

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小川用水・新堀陽水

小川用水が緑道の左側に顔を出す。
数年前最初見た時には、直ぐ隣の玉川上水から分水されていると思い込んでしまったが、現在の玉川上水の水面はこの小川用水よりずっと低く、相当な堰でもなければ分水出来る訳が無い。
実はこの水は上掲、小平監視所で取水され暗渠でここまで送水されてきたもの。
元々の取水口も野火止用水取水口に近くだったらしい。現在小平監視所となってその痕跡が無いと言うから、多分同じような場所だったのだろう。そこから主に「胎内掘り」と呼ばれる地下トンネルで送水されていたと言う。左わきの柵にその工事跡である大きな縦穴が有るらしい。関東ローム層は乾燥していると脆いが水気を含むと粘土状になって形状を保つと言う。確かに雨の跡親、冬霜柱が溶けた後歩いてみうとその状況がよく分かる。
その地質によって素掘りでも持ったのだろう。現在その胎内掘りは一部を除き埋め立てられているそうだ。

 

台地中央部を潤す水

小川用水は現在もこの先、小川橋で小川用水として一部分水しながら玉川上水に沿って流れる。小平市はこうした用水の保存に留意しているらしい。
この地域は武蔵野台地の中央部にあたり、しかも峰の部分となっている。かってこの地は野火止と並ぶ高燥の地で川も無く水の乏しい未開の地で、「逃げ水の里」とも呼ばれていたようだ。
元々小川用水と新堀用水は別々に開削されたらしく、さまざまに子分水、孫分水され(田無用水、鈴木用水、大沼田用水、野川用水など)、複雑に台地を巡りながらこの地を潤す言わば命の水となった訳だ。現在は1本に繋がっていてこの先、小平中央公園辺りから「新堀用水」と呼ばれているようだ。

かってこの地(今の小平市)にとって、そこを流れる玉川上水と野火止用水は、怨嗟の的であっても決して自分たちを潤すものではなかった。
玉川上水は江戸へ、野火止用水は川越領に水を送る為のもので、この地を素通りするだけ。住民は直ぐ脇を流れる豊かな流れを指をくわえて見ているだけとなる。そのくせ用水の草刈りや修復には駆り出される。

新堀用水の開削によって初めてこの地が、玉川上水の恩恵に預かることとなったのだろう。事実この開削によって小川新田など、台地上の開発が急速に進む。

多摩川原水

小平監視所の所でも触れたが、この新堀用水は多摩川からの源水が流れている。現在も用水として現役で有る為、隣の玉川上水や野火止用水のように再生したとは言え下水を流す訳に行かない事情があってのこと。

 

胎内堀に通ずる縦抗

この先併せて4本の縦坑が確認できる。

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顔を出す小川用水

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ローム層素掘りの様相

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小川用水、新堀用水分岐

前方、都道16号(立川通り)と交差、架かる橋は小川橋。
ここで一部が小川用水として立川通りに沿って左に分岐、残りが新堀用水としてそのまま玉川上水と並行して直進する。

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小川橋から下流方向

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立川通りに沿って流れる小川用水

元々の小川用水の分水口は新堀用水とは別だったし流路も現在とは違ったらしい。明治の頃統合されたとのこと。(以下2枚、2015/2/11撮影)

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二つの水路に挟まれて

この先緑道は左側の玉川上水と、小川用水と分岐した右側の新堀用水との間に挟まれた中を、雑木林に囲まれて続く。雰囲気がも一層上がる。

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緑道の左側を流れる新堀用水

ところどころ暗渠となりながら、玉川上水と並行して流れる。その間を雑木林に囲まれて緑道が続く。

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くぬぎ橋

架かっている橋も風情がある。「くぬぎ橋」と同じ名前で下流の小金井の先にもう1本ある。それだけ離れていれば同じ名前でも差し支えないと言うことか。

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百石橋

前回(2015/2/11)通った時、玉川上水と交差する広い道路と新しい橋が工事中だった。今回既に橋は完成していた。

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緑道が続く

「同じ風景じゃないか」って言われればその通りなんだが、歩いていて飽きない。

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寺橋

木の陰で分かりづらいが、右側に寺橋。

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小平学園都市構想

国土開発(西武グループの前身)による構想らしいが、この小平区間、緑道の左側沿線に様々な学園が立ち並んでいる。

朝鮮大学校

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玉川上水(右)と新堀用水(左)

左側に立ち並ぶ各種学園に通うのだろう、丁度時間的な関係で大勢の学生と思しき通行人がどうしてもファインダーに入ってしまう。

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某巨大教団の学校を繋ぐ歩道橋。左側に高校、玉川上水右岸に小学校。

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水車橋と新小川橋

水車橋は手前の人道橋。昭和25年頃まで製粉用の水車が有ったそうだ。地図を見るとこの直ぐ左脇に精米店が有ったが、関係有るのだろうか?

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新小川橋から下流方向

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小平中央公園

西武国分寺線を超えて左側に小平中央公園が広がる。

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新堀用水に架かる「兎橋」と小平中央公園

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高台からの眺め

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公園の美女(2013/11/17撮影)

高台から降りる途中のベンチに、後姿の何とも言えぬ風情のある美女が座っていた。
顔を見たい、と言う衝動に駆られ前に回って見てビックリ!!

写真をクリックして拡大表示、マウスオーバー(マウスを写真に重ねる)してください。

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コメント(1)

ビックリしたな~!  公園の美女!

俺の手首もまだ痛むが、漸く1~2 時間位ならPCに向かっていられそうだ。
そろそろ八海山倶楽部投稿を再開しようかな・・・?    (Q)

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