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谷沢川-4(等々力渓谷)

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谷沢川と等々力渓谷

谷沢川を有名にしているのはなんと言っても東急大井町線等々力駅近くから下流の等々力渓谷だろう。遊歩道が整備されていて都心の住宅街で渓谷の景観を味わうことが出来る。
深く浸食されている崖の面、特に不動の滝の周辺には武蔵野台地の地層が露出していて、地質学的にも貴重な観察場所でもある。
等々力不動尊・不動の滝は修験者の霊場となっているし、周囲には横穴式の古墳も幾つか見つかっており、史跡としても貴重なエリアとなっている。

 

地形図

クリック、拡大表示でご覧ください。

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撮影Map

クリックするとGooglemapと連動して表示されます。

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谷沢川、等々力渓谷形成の謎

実は今の谷沢川のうち、等々力渓谷の部分とその上流部は昔は別の川で、今のように繋がっていなかったらしい。

元々谷沢川(等々力渓谷の部分)は国分寺崖線に切れ込んだ谷地、今の不動の滝辺りの湧水を集めて多摩川に注ぐ、ごく短い小さな川だった。
その北側に、谷沢川とは別に西から東へ流れて今の九品仏川に繋がり呑川に注ぐ川が有った。この九品仏川の上流部分が谷沢川と繋がり、水量を増した谷沢川が周囲を削り等々力渓谷を形成した。
上掲地形図、或いは下図を見ても分かる通り、等々力駅の脇で谷沢川は不自然なほど直角に折れ曲がっているし、その先の東急大井町線の南側を通って浄真寺に至る低地は、ここが九品仏川本来の川筋であっただろうことを推測させる。実際この流路変更は地形や地質によって確認された事実であるそうだ。

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渓谷の形成

では上流部(九品仏川)と下流部(谷沢川)はどうして繋がり、等々力渓谷はどうして形成されたか? 
2つの説が有るようだが、決着はついていない。

1、自然説(河川争奪説)

谷地の湧水を集めて流れる谷沢川が、その湧水の浸食作用によって次第に上流部の段丘を掘り込み(谷頭浸食)、北に川筋を伸ばし、九品仏川にまで至った。その結果九品仏川の流れはより勾配の大きい谷沢川に流れ込み、一気に水量を増やした谷沢川は更に段丘を浸食し、深い渓谷を形作った。
九品仏川は上流部を断ち切られてしまい、その水を谷沢川に奪われてしまった訳で、貝塚爽平氏はこれを「九品仏川の斬首」と表現している。

2、人工開削説

江戸時代に、水利を巡る争いや、下流(今の浄真寺・猫じゃらし公園辺り)の排水不良改善のため人為的に流路が変更されたとする説。

 

自然説では、段丘からの湧水だけでは谷沢川の谷頭浸食と深い渓谷形成を説明しにくく、人口開削説では、これだけの大工事であるにも関わらず一切の記録が見つかっておらず、これも不自然、と、それぞれ説明に難があり、未だに決着はついていないそうだ………が、やや自然説が多数派であるようだ。

 

逆川

どちらの説であれ、かって短く小さかった谷沢川は、今や一級河川である。
それに対し上流部の流れを奪われた九品仏川の下流部分は流れが逆になって、逆川としてこれも谷沢川に流れ込みこととなった。しかし上流からの水の供給を絶たれてしまった訳だから、僅かな湧水のみでは川としての姿を維持出来なくなったのだろう、現在はわずかな痕跡を残すのみで地形に埋もれ、かっての流路を辿ることさえできなくなってしまった。

 

検証、九品仏川から谷沢川への流路変更

最初に、実際の現場に即して流路変更を確認してみよう。

ほぼ90度のコース変更

渓谷遊歩道のスタート地点、ゴルフ橋から降りたところ。
写真奥が上流方向。北西(正面奥)から流れてきて、本来はそのまま南東(右側)に流れていた。河川争奪、或いは人口開削でか、ここでほぼ直角に南(左側)にコースを変える。

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逆川流入口

ゴルフ橋の上から。上の写真右側に、逆川からの排水口が見える。

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逆川

次に逆川。谷沢川によって上流部の流れを断ち切られ、周囲の多分僅かばかりの湧水だけを水源とした下流部が、流れを逆にして谷沢川に注ぐことになった。
等々力渓谷入口から道路を挟んで、かっての逆川の跡が残っている。

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逆川痕跡、ここまで

都道312(目黒通り)にぶつかり、逆川の痕跡はここで終了する。この先の、本来なら九品仏川として流れていた筈の川筋は、市街化の中で痕跡としても判明しない。

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等々力渓谷

実際に等々力渓谷に降りてその景観を見てみよう。

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ゴルフ橋と遊歩道入口

東急大井町線等々力駅直ぐ近く、ゴルフ橋の脇から渓谷への階段が整備されている。渓谷へのメインアクセスルート。

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遊歩道スタート

ゴルフ橋脇の階段を下りて、遊歩道が始まる。

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ゴルフ橋は上からは何の変哲もない橋だが、赤く塗られた下の構造は見栄えがする。

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確かに渓谷の風情。これが都心の高級住宅街、等々力駅の直下に広がる。これで流れる水が清ければ言うことないんだが………。
再生水でもいいから、仙川からの助水をもっと増やせないものか?

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前方に環状八号線が見えてくる。

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環状八号線

流れは環八の玉沢橋をくぐる。都心の大動脈の直ぐ下に、こんな風景が広がる。水面までの高低差、10㍍以上有るだろう。

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環八の上

こちらは環八、玉沢橋。

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橋の上から見る等々力渓谷

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環八を超えて

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等々力渓谷公園

環八からも降りられる。

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湧水

武蔵野台地の崖に湧水は付き物。

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古代遺跡

武蔵野で、湧き水の出るところに遺跡はつきもの。

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稚児大師像

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等々力不動尊と不動の滝

等々力渓谷の名称の元にもなっている。今、「とどろき」と言う程には行かないが、かっては周囲に轟く程に豊富な水が湧いていたのだろう。

 

地質学的にも貴重

なおこの不動滝は渓谷中、いや武蔵野台地でも重要な地質見学ポイントとして知られる。台地を形成している3層の地層がここで見える。一か所でそれを見られるのは珍しいのだろう。
写真最上部に関東ローム層の典型的な様相が見えるし、中間は多摩川による礫層、最下位の締まった粘土質地層は最終間氷期に海だった頃の浅海性堆積物だと言う。滝の水は礫層、それも主に海成層との境目から湧き出している。よく締まった海成層は水を通さず、その上の礫層を通ってきた地下水が地層の境目から流れ出す、武蔵野一般に見られる典型的なハケの水だが、地層断面と併せて直接見れるのは珍しいかも知れない。

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崖線の上の等々力不動尊

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ハケ下湧水地の近くには必ずと言っていい程、こう言う神社や遺跡が有る

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等々力渓谷に戻って

等々力不動尊を超えると、等々力渓谷(谷沢川)も次第に一般の都市河川風になってゆく。
右側に日本庭園入口。

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日本庭園

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国分寺崖線をほぼ降り切り、傾斜もゆるく、水位も道路に近くなる。

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丸子川との合流

丸子川の流れ、終焉と再スタート

前方、丸子川との合流点。丸子川(六郷用水・次大夫堀)が写真右側から入ってくる。
地図上では谷沢川と丸子川が、あたかも伏せ越しか掛樋で交差しているように見える。事実、かって丸子川が六郷用水として運用されていた時には、勾配確保の為も有って掛樋で谷沢川を超えていた。
しかし今、用水としての役割を終えた丸子川の流れはここで一旦終わる。地上からは分かりにくいが前方の橋の下で谷沢川に合流し、多摩川に排水される。

一旦途切れた丸子川は、谷沢川の対岸(左側)から湧き出す水でそのまま流れが続いてゆくように見えるのだが、実はこの水は谷沢川の水をくみ上げて流しているもの。
つまりこの橋の前後で、丸子川の流れは全く別の系統となる。(丸子川との合流の様子はこちら

 

丸子川合流

前方右から、丸子川の流れが合流している。多摩川合流に向け、多摩川との水位差の為だろう、川底が下がる。

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丸子川

国分寺崖線に沿って流れてきた丸子川は、ここで急速に傾斜を下げるとともに、ほぼ90度の右折をして橋の下で谷沢川と合流する。

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新生、丸子川

谷沢川の対岸で、結構な量の水が湧き出して、丸子川はここから再スタートする。

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そして多摩川へ

丸子川との合流点である橋の上から下流を望む。合流した谷沢川と丸子川の水はこの先200m弱で多摩川に注ぐ水門に出る

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下流から、丸子川との合流点を振り返る

合流点の橋を、下流から撮影
この間、流れに沿っての道が無い。迂回して下流の駐車場脇からの撮影。
橋の下で、向かって左から丸子川が、向かって右から谷沢川が合流している。橋の上からはこの合流の現場は見られない。

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多摩川への合流

都道11号線(玉堤通)をくぐり、排水樋管を通って多摩川に注ぐ。

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そして多摩川に

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