故郷を離れて既に40年 東京・武蔵野の水辺を中心とした身近な風景と駄文を発信します

神田川の最近のブログ記事

 

「桃園川について」、こちらに若干まとめてあります。

 

主に阿佐ヶ谷地内の支流網-暗渠の迷宮

阿佐ヶ谷を歩いていると至る所で暗渠道に出くわす。
桃園川について」でも述べたように、唐突に現れる暗渠道を歩いているだけではその全体像もつながり具合も到底把握できない。写真のGPSデータを地図上にプロットして初めてつながりがおぼろげに見えてくる。それも完全にではなく、既に所どころ痕跡が分からなくなっている場所もある。
その中で今回は、歩いていてたまたま出くわした水路跡・暗渠を確認できる限り追ってみた。おそらくここに掲載した以外にも有るのだろう。

 

地形図

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撮影Map

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「桃園川について」、こちらに若干まとめてあります。

 

天沼1丁目方向からの支流-桃園川最長の支流

「暗渠の迷宮」とも言うべき桃園川沿線で、最も長く、一貫してそのつながりも理解しやすく、主要な支流と言える「天沼1丁目支流(仮称)」を、おそらく本流からの分水地点近くから、桃園川緑道への合流まで辿る。
 このコースは、荻窪・阿佐ヶ谷の谷の北端部を通っており、これが桃園川水系の最北水路だと思われる。

 

地形図

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撮影Map

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「桃園川について」、こちらに若干まとめてあります。

 

桃園川緑道、神田川合流

阿佐ヶ谷駅から約500メートル東、JR中央本線を潜った所から「桃園川緑道」が始まる。暗渠迷宮状態だった阿佐ヶ谷地内から一変、きれいに整備された緑道が神田川合流までの約5キロ続く。もうこの先迷う必要は無い。
5キロと続く、ここまで整備された暗渠・緑道は東京でも珍しい。

 

地形図

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撮影Map

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「桃園川について」、こちらに若干まとめてあります。

 

暗渠の迷宮阿佐ヶ谷に、桃園川本流を探し、辿る

桃園川について」で述べたように、特に阿佐ヶ谷地内に入った桃園川は、今の中杉通りを前後して支流が網の目のように入り組み、その痕跡である暗渠網が至る所で、いわば唐突に現れる。
その中で兎も角、中杉通までの桃園川上流部と、JR中央本線を潜って「桃園川緑道」となる中・下流部との連結を見ながら、「おそらくここが本流なのだろう」と思われるコースを辿ってみた。多分間違いないものと思うが。

 

地形図

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桃園川について

 

桃園川は神田川の支流で、源流は荻窪の天沼弁天池とされる。全ルートが暗渠化され本流部分の大半が緑道となっている。特に阿佐ヶ谷でJR中央本線を超えた所から神田川合流まで、「桃園川緑道」としてきれいに整備されている。
桃園川緑道だけ取っても約5キロ弱、これだけの長さでこれだけ整備された暗渠緑道は東京でも珍しい。

 

水田灌漑用水と「暗渠の迷宮」

桃園川流域は、荻窪・阿佐ヶ谷の地名が示す通り、上流部から神田川合流まで、ゆるい谷が帯状に続いている(地形図参照)。かってそこに水田が広がり、桃園川はそれを潤す灌漑用水としての役割を持っていた。
広がる田一枚一枚にまんべんなく水を供給する必要上、灌漑用水路の常として細かく枝分かれし細流が網の目のように入り組んでいたことだろう。
関東大震災以降移り住む人が増加、宅地開発の為水田はつぶされ水路も1本化されたようだが、今でも支流・細流の跡は主に阿佐ヶ谷地内で至る所に現れる暗渠道に見る事ができる。
迷宮のようなこの暗渠道を歩いているだけでは、その全体像もつながり具合も到底把握できない。写真のGPSデータを地図上にプロットして初めてつながりがおぼろげに見えてくる。しかしそれも完全にではなく、既に所どころ痕跡が分からなくなっている場所もある。

 

このシリーズでは、上流部沿線の支流は『桃園川-1(源流部)』で本流と共に扱い、最も長く一貫していて主要な支流だと思われる「天沼1丁目支流(仮称)」は独立にページを設け『桃園川-4(天沼1丁目支流)』で扱っています。その他阿佐ヶ谷地内の至る所で見られる暗渠網は、確認できる範囲で『桃園川-5(阿佐ヶ谷地内、支流網)』で扱っています。

 

源流天沼弁天池と千川上水からの助水

水源となっていた天沼弁天池は既に湧水が枯渇し、現在は公園となっている敷地の片隅に、後から造られた人工池があるのみとなっている。
下掲地形図を見ても分かる通り、弁天池周辺はそれ程際立った谷地と言う訳ではない。おそらく湧水量にも限りが有っただろうし、周辺の都市化と共に枯れるのも無理からぬことだったのだろう。
この弁天池からの湧水だけでは流域の水田用水を賄えず、1707(宝永4)年、千川用水から青梅街道に沿って「六ヶ村分水」と呼ばれる水路を切り助水を得ていたそうだ。工事尽力者、井口半兵衛・相澤喜兵衛の名をを取り、半兵衛・相沢堀とも呼ぶ。

 

本流、支流

「天沼1丁目支流」にしても、又ここに掲載してある「河北総合病院脇の支流(仮称)」にしても、本来支流とか本流とかの区別は無いのかも知れない。
水田が広がり、そこに張り巡らされた水路に「○○川」「××堀」などの各々の呼び方は有っても、本流・支流等と区別しての意識はなかったんじゃないか。魚沼の農家出身である私自身の経験から言っても多分そうだと思う。
源流部から、現在「桃園川緑道」となっている下流部との一貫した繋がりを持った水路跡、宅地化に伴い一本化されたらしいその水路を、便宜上「本流」としてここでは扱い、それ以外を「支流」として扱っているにすぎません。

 

桃園川全体の撮影Map

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六ヶ村分水追分、荻窪天沼弁天池から阿佐ヶ谷まで、本流と幾つかの支流

ここでは追分から始まる桃園川暗渠道を、天沼弁天池も経由し、途中の支流も取り上げながら、阿佐ヶ谷の中杉通りまで辿る。

 

地形図

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撮影Map

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下田橋

妙正寺川が中野通りと交差する地点が、哲学堂公園への入り口の一つ。中野通りに沿って公園が広がっている。

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クリックすると、文字が判別するよう拡大表示されます。

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下田橋からの妙正寺川

右岸に「哲学の庭」が広がり、その下に「妙正寺川第二調節池」の取水口が開いている。
左岸は10メートルを超える台地から妙正寺川に落ち込んでいて、その崖と台地上に「哲学堂公園」が展開している。

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右岸、哲学の庭

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左岸、哲学堂公園

妙正寺川直ぐ脇の、崖下。崖に決まりごとの湧水箇所が幾つかある、…が、おそらくポンプアップによるものだろうな。

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かっては豊富な湧水が見られたのだろうが。

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妙正寺川脇から、台地上に繋がる石段。

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三祖碑

崖の途中

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台地に上がって

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哲理門

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茶会が開かれていた。
建物の中に、一般入園者は原則入れない。

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六賢臺

右脇の案内板には以下のような文章

ここに東洋的六賢人として、日本の聖徳太子・菅原道真、中国の荘子・朱子、印度の龍樹・迦毘羅を祀っている。

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三角尽くしの三学亭

おそらく公園での最高地点だろう。

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硯塚

筆塚と対をなす碑だと思われる。
脇の案内板には以下の文が記されている。

硯塚
井上円了が全国巡游中、求められて各地で揮毫した際に用いた硯を供養した記念碑で、筆塚とともに貴重なものである。

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四聖堂

井上円了が最初に建設した建物で、ソクラテス、カント、孔子、釈迦の四賢人を祀ったこの四聖堂を「哲学堂」と称し、これがそのまま公園の名、公園の始まりとなった。

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宇宙館

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絶対城

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筆塚

崖の途中。
上掲硯塚と対をなす碑だと思われる。脇の案内板には次のような文が記されている。

筆塚
字を書きて、恥をかくのも今暫し
哲学堂の出来るまで

哲学堂は井上円了博士が全国巡游中求められて各地で揮毫した際の謝礼を基金として開設されたのであるが、その謝意を含め、かつ、その筆供養のための記念碑として造られたのがこの筆塚である。

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台地から降りて

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菖蒲池

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江古田川を辿る

 

源流と千川上水からの分水

江古田川は練馬区豊玉地区から中野区江古田地域を流れ、江古田公園(江古田古戦場跡)脇で妙正寺川に注ぐ一級河川。中新井川とも呼ばれる。
練馬区豊玉南1丁目の下篠田橋(交差点)迄暗渠、そこから妙正寺川合流までの下流が開渠となっている。
武蔵野台地の他の河川同様、普段は一級河川のイメージに程遠く、幅数10センチ程の細く僅かな流れしかない。しかし一旦大雨になると溢れんばかりに増水、それを回避する為下流に調整池が設けられている。

元々は現在の練馬区豊玉南三丁目、学田公園付近の中新井池湧き水を源流とした、とされるがその湧水が江戸時代後期に枯れ、北側の千川上水から3本の分水路を切り、水田灌漑に使った後江古田川に落としていたそうだ。そのうちの1本(中新井分水)が千川上水(千川通り)から学田公園までハッキリ確認でき、そのまま江古田川に続いている。
今回はこの中新井分水跡を含め、妙正寺川合流まで辿る。
 

学田公園

1887年(明治20年)、溜池を村人が開墾・埋め立てて水田を作り小作に出して、その小作料を小学校運営の一部に充てたことで、ここを「学田」と称した。1955年(昭和30年)に公園整備した際、公園名称を学田公園としたとされる。

 

地形図

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撮影Map

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妙正寺川、平和の森公園から神田川合流まで

引き続き妙正寺川を、平和の森公園から神田川合流まで辿る。
途中、江古田川の合流、江古田の森公園、哲学堂公園などを経て、神田川合流に至る。

 

撮影Map

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妙正寺川(本流)を歩く ― 妙正寺池から平和の森公園

「暗渠の迷宮」とでも言うべき、妙正寺川の支流網・井草川源流部を迷宮に迷いつつ歩いてみた。しかし多分アチコチに歩き残しを残したままだと思うが、キリがないので本命の妙正寺川の本流を辿ってみた。

 

撮影Map

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暗渠の迷宮、桃井支流(仮称)

 

地形図

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暗渠の迷宮-4、今川支流(観泉寺から井草川合流まで)

 

地形図

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暗渠の迷宮-3、今川支流(桃井四丁目から観泉寺まで)

下井草4丁目26、井草川(緑道)に流れ込む長い支流が有る。便宜上「今川支流(仮称)」とし、2回に分けて取り上げる。最初にその上流部。

 

今川と観泉寺

今川支流(仮称)を歩くうえで、どうしても仁義を切っておかなければならない場所が有る。観泉寺。観泉寺は今川家の菩提寺で今川家累代の墓がある。伽藍も境内も立派で、春の枝垂桜、秋の紅葉も見どころだと言う。

今川氏は、室町時代・戦国時代は駿河国(現静岡県)などを治めた一大大名であったが、桶狭間の戦いで今川義元が織田信長に敗れたのち没落した。義元の子今川氏真は徳川家康の庇護を受けて京などで暮らし、慶長19年(1614年)に江戸で没した。氏真の嫡孫今川直房は高家として江戸幕府に仕え、朝廷との交渉の功績によって正保2年(1645年)に徳川家光から当地(井草村)を含む新たな知行地を与えられた。以後、当地は幕末まで今川家一円知行の所領として続くことになる。
江戸時代の観泉寺は、今川氏の知行地支配の拠点でもあり、領民からの年貢の取立てや裁判なども寺の門前で行われていた。
今川氏は明治時代に断絶したが、現在の当地の地名「今川」の由来となっている。(Wikより引用)

 

地形図

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暗渠の迷宮、井草川源流部-2(井草川、三谷公園から妙正寺池)

 

地形図

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撮影Map

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暗渠の迷宮、井草川源流部-1(井草川源流、切通し公園から三谷公園)

妙正寺川と井草川

妙正寺川は東京を流れる1級河川で、杉並区妙正寺池に端を発し豊島区高田で神田川に合流する長さ9.7kmの川である(…とされている)。井草川はその妙正寺川の支流で、妙正寺池の上流部に広がり現在全て暗渠化されている(ここでも「水路」「流れ」などと記載する場合も有るが、全て暗渠・緑道である)。
しかしかって、現在の妙正寺川を含めた流域全体を井草川と称していたらしく、途中妙正寺池から注ぐ妙正寺川の方が、その支流の一つに過ぎなかったのだそうだ。又江戸時代以降近年まで、千川上水から井草川に分水を引き、流域の田畑を潤していた時期も有ったそうだ。
いずれにしてもその「歴史物語」はここでは本旨ではないので、現在の姿をそのまま辿ることにする。

暗渠の迷宮、井草川

今回取材してみて驚いたことがある。鹿の角のように入り組んだ妙正寺川と井草川の支流が、ホンの小さな傍流と思われるような川筋まで含めて、、それが暗渠・緑道としてちゃんと住宅街に残っていることだ。ここまでの支流網が形として残っている河川は、武蔵野台地上ではおそらく他に見られない。勿論その支流・傍流の大半は名称さえない。正に「暗渠の迷宮」だ。ここでも説明の便宜上、勝手に支流に名前を付けて(仮称)として扱っている
今回その暗渠の迷宮を、Googlemapストリートビューの助けも借りて、極力忠実に辿ってみた積りだが、お陰でページ数が相当膨らんだ。しかしおそらく見逃している川筋もアチコチ残っているだろう。

切り通し公園と三谷(さんや)公園

切り通し公園は井草川の源流とされる。
三方を高台に囲まれた谷地形の斜面から水が湧き、かっては滝が有ったとされる程に豊富だったのだろう。この湧水源からの流れが井草川の谷を刻み、いわば自然の切り通し地形となっている(地形図参照のこと)。
三谷公園は切り通し公園からの2本の流れと、井草川最上流部とされる原窪支流(仮称)を合わせた3本の流れが合流し、井草川として1本にまとまって妙正寺池目指して流れてゆく、いわば井草川源流部の結節点とも言える場所である。
切り通し公園と三谷公園は、間に杉並工業高校を挟み直線距離で200メートル強。この僅かなエリアに源流部3本の支流がが絡み合う。

西山田んぼ

なお切り通し公園から東側に伸びる井草川の谷筋には、井草川と千川上水からの分水を利用した田んぼが広がっていたようだ。
特に源流部から下のエリアは、所有者の名前からとった「西山田んぼ」が広がっていたらしい。現在の杉並工高はその田んぼを都が買い取って建てたのだそうだ。三谷公園とか都立農芸高校なども同じく、元はこの田んぼだったんだろう。
切り通し公園の近くに、西山屋敷林と言う、「ヤマ」と呼ばれる杉並区でも最大級の林と、その中に、如何にも旧家と思しき「西山家」の屋敷がある。多分この西山田んぼの地主だった人だろう(勝手な憶測で、間違っていたらゴメン)。

これは私の憶測だが、田んぼの用水として使われていたことが、源流部川筋の「鹿の角」を作りだしたのではないだろうか。田んぼにまんべんなく水を行き渡らせる為の水路が、今の暗渠迷宮の元ではなかっただろうか、と。

 

地形図

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