故郷を離れて既に40年 東京・武蔵野の水辺を中心とした身近な風景と駄文を発信します

木曽路の最近のブログ記事

 

「木曽のマチュピチュ」苗木城址

苗木城(なえぎじょう)は、岐阜県中津川市にあった日本の城。別名は霞ケ城。苗木藩の藩庁が置かれた。国の史跡に指定されている(Wikipediaから引用)。

マチュピチュと言うのは私の勝手な命名だが、チョットした空中城郭の景観だ。

 

 

撮影Map

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浦島太郎が玉手箱を開けた寝覚ノ床

 

木曽川が作った自然地形

国の名勝に指定されている。
元々は木曽川の水の中で浸食された花崗岩が、上流に設けられた木曽ダム(1968年に運用開始)などにより水位が下がった為に姿を現した景観なんだそうだ。
花崗岩の方状節理と柱状節理、それを侵食する木曽川の急流によってこのような岩の表情が生まれたのだろうが、ダムが出来る前は水の中だった訳だ。

中央本線と寝覚ノ床

もう50年近く前になるが、寝覚ノ床の脇を通る中央本線に乗ったことが有って、列車が寝覚ノ床に差し掛かると、車内放送で寝覚ノ床の案内が流れると共に、徐行しながら走ってくれた。乗客はその案内に従って、遥か下に見える寝覚ノ床を眺めたものだった。当時は鈍行列車だった。
今、そんな計らいも無いんだろうな。

浦島太郎伝説

寝覚の床には、浦島太郎が竜宮城から帰ってきた後の伝説が残っている。

浦島太郎は竜宮城から地上へ帰るが、まわりの風景は変わっており、知人もおらず、旅に出ることにした。旅の途中、木曽川の風景の美しい里にたどり着き、竜宮の美しさを思い出し、乙姫にもらった玉手箱をあけた。玉手箱からは白煙が出て、白髪の翁になってしまう。浦島太郎には、今までの出来事がまるで「夢」であったかのように思われ、目が覚めたかのように思われた。このことから、この里を「寝覚め」、岩が床のようであったことから「床」、すなわち「寝覚の床」と呼ぶようになったという(Wikipedia引用)。

 

撮影Map

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中山道奈良井宿

中山道

中山道は江戸と京都を結ぶ五街道の一つ。山深い木曽路を通ることから木曽街道とも呼ばれていた。
距離的には東海道が近いのだが、東海道は途中大井川の渡しなどが有り、雨で足止めを食うことも有って、日程の計算が立ちやすい中山道を選ぶ旅人も多かったようだ。なお和宮降嫁の際も東海道でなく中山道を通ったとのこと。

奈良井宿

中山道69次のうち江戸から数えて34番目、木曽路11宿の中で北から2番目の宿場。
奈良井観光協会にリンクを張らせて貰いましたので、詳細はこちらを参照して下さい。

私の印象としては、を扱っているお店や工房らしきものが大半を占めていたように思える。

撮影

2017年7月、訪ねて来ました。比較的早い時間だったのであまり人けのない奈良井宿を撮ることが出来ました。
基本的に北の端から順に撮ってありますが、必ずしも順番どおりでは有りません。撮影Mapと合わせてご覧ください。
写真枚数が多いので、アプリの力を借りてPhoto Galleryとしてまとめました。

 

撮影Map

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中山道馬篭宿

中山道

中山道は江戸と京都を結ぶ五街道の一つ。山深い木曽路を通ることから木曽街道とも呼ばれていた。
距離的には東海道が近いのだが、東海道は途中大井川の渡しなどが有り、雨で足止めを食うことも有って、日程の計算が立ちやすい中山道を選ぶ旅人も多かったようだ。なお和宮降嫁の際も東海道でなく中山道を通ったとのこと。

 

馬篭宿

中山道中山道六十九次の中、43番目の宿場で、木曽11宿の一番南の宿場町。
島崎藤村の出身地(生家は馬篭で、本陣、庄屋、問屋を兼ねた旧家)でもある。
なお馬篭宿の街並みは、1895年(明治28年)と1915年(大正4年)の火災により石畳と枡形以外はすべて消失、現在の景観はその後復元されたもの。
馬篭観光協会にリンクを張らせて貰いましたので、詳細はこちらを参照して下さい。

 

撮影

2017年7月、訪ねて来ました。
馬篭は坂の宿場町でもあります。基本的に北の端、坂の上部から順に撮ってありますが、必ずしも順番どおりでは有りません。撮影Mapと合わせてご覧ください。
写真枚数が多いので、アプリの力を借りてPhoto Galleryとしてまとめました。

 

 

撮影Map

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中山道妻籠宿

中山道

中山道は江戸と京都を結ぶ五街道の一つ。山深い木曽路を通ることから木曽街道とも呼ばれていた。
距離的には東海道が近いのだが、東海道は途中大井川の渡しなどが有り、雨で足止めを食うことも有って、日程の計算が立ちやすい中山道を選ぶ旅人も多かったようだ。なお和宮降嫁の際も東海道でなく中山道を通ったとのこと。

妻籠宿

中山道69次のうち江戸から数えて42番目の宿場は、中山道と伊那街道が交叉する交通の要衝として古くから賑わいをみせいたそうだ。
妻籠観光協会と、観光協会による『妻籠の歴史』にリンクを張らせて貰いましたので、詳細はこちらを参照して下さい。

三原則

妻籠は日本初の重要伝統的建造物群保存地区。
妻籠の人たちは街並みを守るために、家や土地を、「売らない・貸さない・壊さない」の三原則を守って、歴史ある街並みを後世に伝えていると言うことだが、これも中々容易なことじゃないだろう。

観光資源と言っても、そんなに大きなお金が動く訳じゃないだろうし、補助金が下りる訳でもないだろう。
第一、「三原則」に則ってスーパーもコンビニも無い訳で、市街からも遠いし、住人自身の毎日の生活も大きな制約を受けざるを得まい。

 

撮影

2017年7月、訪ねて来ました。早朝と言うことも有って殆ど人けのない妻籠宿を撮ることが出来ました。
基本的に北の端から順に撮ってありますが、必ずしも順番どおりでは有りません。撮影Mapと合わせてご覧ください。
写真枚数が多いので、アプリの力を借りてPhoto Galleryとしてまとめました。

 

撮影Map

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