まあ! 書くのもバカバカしい話題だが掲題の終末日が明日、12月21日らしい。
古代マヤ歴の終末日が明日、2012年12月21日なんだそうだ。
そして、世界中でその話を信じる人が少なく無いと言う事にも違和感がある。 まして、普段マヤ歴などと無縁の人が殆んどなのだから笑えてしまう。 中国の、終末便乗のボール型シェルタービジネスの話には空いた口が塞がらない。
最も、明日 12/21 は金曜日。 考えて見れば 「週末」 だ。
ひょっとしたら、マヤ人はこれを予測したのかも? だとしたら、「マヤ歴」 恐るべし!
ハハハハ ンな事有る訳無いでしょう! (最短記録の投稿でした)
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(テーマごとに分類した索引です)
終末と週末、韻を踏んで中々いい着眼だ。
終末だとかハルマゲドンだとか、俺も「書くのもバカバカしい………」と嗤い飛ばす口で、宗教や信仰とは無縁の罰あたりだが、Qも書いているように、中には笑うどころかそれ一途の人も居る。
俺が新潟市に住んでいた20年以上前、仕事関係の知り合いに「エホバの証人」信者がいて、置いて有る機関紙『ものみの塔』を見たり、何度か論争をしたりした。
向こうは俺を信者に勧誘しようとするし、俺は面白半分にその教えの間違いをつく。
輸血を拒否して子供を死なせたとか死なせなかったとか、一時話題にもなったあの宗教。
この信者たちは自分たちの『聖書(世に出回っている聖書とは少し違うらしい)』の「創世記」をまるで字義通りに信じ切っていて、生物進化もそうだが、取り分け人間がサルたちと同じ祖先から進化したなど、てんで受け付けない。しかもそれを子供たちに教え込んで、学校の理科のテストにもそう書かせたとか、そう云う罪なことも話題になった宗教だ。
色々「教え」は有って、アダムとイブの故事どおり、女は男に従うべしみたいなものも有った(これはいい、うん)。
俺の感想として、教義の中心は「ハルマゲドン=終末思想」だったような気がする。
要するに近いうちに最後の審判が下り、水だか火だかでこの世の最後が来る。その時忠実な神の僕であるエホバの証人だけが選ばれて天国に行き、緑滴る楽園で悩みなき永遠の時を過ごす、ってなことだ。「ノアの箱舟」バージョンアップ最終版と言ったところか。
その審判に合格する為、布教活動に励まなくちゃならないし、禁欲生活も強いられる。実際その信者も、現実の世では相当な苦労をしていた筈だ。
だから信者に取ってこの世の終わりは恐ろしいどころか、今か今かの待ち遠しさこの上ないことになる。
『ものみの塔』も彼らのモチベーションを維持する為、あの手この手の論法で「審判は近い」ことを論じていた。
あれから20年以上経っているが、未だにハルマゲドンは来ない。あれ以来『ものみの塔』も見ていないが、信者の気を繋ぐのも大変だろう。
今回の東日本大震災と原発事故も、待望久しい終末の予兆として、若しかしたら歓迎記事になっているかも知れない。
エホバの証人の場合、信者たちが苦労するだけだから、まあいいとして、問題はそれよりアメリカ南部のキリスト教原理主義者たちだろう。何しろ影響力が違う。
特別な財団を作り、企業などから寄付を募って豊富な資金で、アレコレやっている。
彼らも聖書を字義通り信じる点では同じで、進化論と並んで「創世記」を学校の理科で教えるべきだとの裁判を何度も起こしている。
それに失敗すると、今度は「インテリジェントデザイン=ID」に名前を変えて、同じ内容に科学の装いをまとわせ、学校教育に持ち込もうと画策している。
避妊や中絶、同性愛等に反対し、堕胎手術をした病院を焼き打ちしたり医師を殺したりもしている。
リチャード・ドーキンスの『神は妄想である』だったと思うが、このネオキリスト教徒たちも又最後の審判を信じていて、「この世の終わり」を渇望、少なくとも嫌がってはいない。彼らにとっては核戦争も恐ろしいものでは無いらしい。
ブッシュ元大統領も南部出身で、このネオキリスト教徒らしかったし、ブレーンや支持基盤にこの影響が大きかった。
彼がやたら好戦的で核も使いたがっていたのも、若しかしたらこう云う思想的背景が有ったのではないか、と思っているところ。
マヤの予言は兎も角、ハルマゲドンも笑ってばかり居られないようだ。
「最短記録の投稿」に対し、最長記録のコメント。
おれも雄と同様無信心の罰当たりだが、むかし新宿で宗教勧誘に声をかけられ、人になにかをするとき見返りなんか求めるはずないだろ、なんていったらえらく感激されつきまとわれて困った。またエホバの証人にも「まともに」対応してたら気に入られ、最初は女性が一人で、次にはその女性と旦那が、次には子供まで連れてきて、雄が言っていたエホバの進化論の教科書をくれた。しばらく毎週のようにおれのアパートに通ってきてた。もちろん仲には入れず玄関での立ち話だ。
ま、人間一人一人かならず週末も終末もあるわけだが、個人と人類全体では意味が違うのかな。でも終わってみれば(未経験だが)何も残らない!?
昨日は久しぶりに埼玉に住む姉の家に行き、帰宅したら日付が変わってた。
姉の家と言うのは【のぼうの城(忍城)】の近くなのだが、今の日本(城方:500人)と世界(三成軍:20,000人)の地政学的構図と似て非なるものゝ様に思える。
最も、【のぼうの城】の城方の様に、人望のあるリーダー(殿様:首相)が居て、信念を持ったアイデアマンや実行力のあるブレーン(臣下:閣僚や国会議員団=与野党問わず)が結束出来るならば、【のぼうの城】以上に鉄壁な日本が出来るのだが!
今の状況では“夢のまた夢”。 外圧よりも、むしろ内部崩壊の様相を露呈している。
今の“ニッポン”もしかしたら【マヤ歴よりも確実に、終末に向かっている】のでは? とも・・?
ま、マヤ歴の終末日も結果的には何事も無く、リセットされた訳で、
マヤ歴を信じた人は “マヤかし” だった事に気付いただろうし、未だマヤ歴を信ずる人々も、以後数千年はこの話題から解放される。・・・はずだ?
マヤ歴を終末論と結び付けるのは感心しないのだが、真実はもっと実生活に密着した「生活(農作物の管理など)・気象・天文」の日常研究の成果に他ならない。
その成果が色々な意味で我々の生活に役立っている事は感謝しなければならないと思う。