関越道と金城・巻機
まだ吊り橋だったころの坂戸橋
まだ六日町大橋がなかったころ
二日町橋から
魚野川と三国川の合流点(大巻サイド)
釣果なし
ネコ「早く釣れ。アタシャはらがへっているんだ」
少年(ばかねこが・・・・・・)
ネコ「へたくそ」
少年 「……」
天神川が合流するあたり
天神川とは、薮神方面から流れてくる浦佐に一番近い川
。向こう岸が大崎
やな場とあゆ
浦佐のやな場。
この先、八色・小出を通り川口までが下流域になるのだろうが、おれらのなじんだ魚野川はここまで。
やな場の少し下流に浦佐大橋がかかっており、これを渡ると目の前に浦佐駅がある。
新幹線で帰ることにしよう。
駅前には「ヘンな顔したヘンなおっさん」が片手をあげて立っている。
あまり似ていないが「田中角栄大先生」と書いてあった。
ほな大先生、さいなら。
おう、また来いや。
魚野川版ヤマタノオロチ
魚野川とその支流をたどってみて、ふと「これはヤマタノオロチそのものだな」と思った。
ヤマタノオロチとは『古事記』に出てくる大蛇で、8つの頭と8本の尾を持ち、8つの谷、8つの峰にまたがる巨大な怪物。毎年やって来ては、若い娘さんを食べてしまう。
これを高天原(たかまがはら)からやってきたスサノウの命(みこと)が酒をのませ退治する。
この物語は、毎年起こる洪水を意味している。
ヤマタノオロチとは水を支配する竜神で、洪水はこいつのしわざ。
その洪水を鎮(しず)めるには、若い娘を生贄(いけにえ)に差し出さねばならない。
するとオロチの機嫌がよくなり、水がおさまる。
そんな解釈もあるようだ。
それにしても、とんでもないスケベオロチ・・・、爬虫類のくせして。
あるいは「島根・鳥取県境の船通山系を水源にして四方に流れている川群をオロチに見立てた」という説もあるそうだ。いかにも、大雨のたびにのた打ち回る河川と、大蛇とはイメージがだぶる。
そのイメージでいくと、8つの川で構成されている魚沼河川群などは、まさに、そのまんまヤマタノオロチに当てはまりそう。
スサノウとは、時の権力者(天照大神―あまてらすおおみかみ)の怒りをかい、中央政権(高天原)から追放された人物。
何か手柄を立てて、復帰を図らねば。
一番確かなことは、一つの地方を支配下におさめ、これを差し出す。
そう考えていたスサノウは、候補地を物色しながら信濃川支流を上り、小出のあたりに立つ。
ここにしよう。
というわけで、彼が目をつけたのが魚沼盆地(本当は、島根県の山村・鳥上地方なのだが)。
8つの頭とは、この地を支配していた8つの部族の頭目。穴沢、大倉、城内の入谷、野中、永松、清水、谷後、土樽の各大将と仮置きしよう。
昔はこういう所(赤〇)が一等地だった。今、中心地になっている小出や六日町は、葦(あし)や灌木(かんぼく)の茂る三等地。
だから小出や六日町を平定しても何にもならない。川上に陣取る部族どもをやっつけなければ。
しかし8つの谷、8つの峰を縦横無尽に駆け回る連中。神出鬼没。とてもかなわない。
そこでスサノウが考案した秘策が、これらの頭目に酒をふるまうこと。
「今夜、宴会を催しますよ。もちろんタダ。いらっしゃーい」
そう声をかけられれば、タダ酒の好きな頭目たちのこと、こぞってやって来る。
がばがば飲む。
飲み呆けて、意地汚く眠りこけているうちにコテンパンにやっつけられてしまった。
さて――。
もちろん、この8頭の中に城内の大将もいる。
それはダーレだ。
宇田沢川流域で、一等地に居を構えていた大将、ということになるのだが。
ぼちぼち農耕の始まった4、5世紀ごろの話と推定すると、農耕に不向きな長者原はもう一等地から外れていただろう。
かといって上原・下原はまだ原っぱで、ま、言ってみれば二等地。
すると入谷地区ということになる。長島(下薬師堂)から山口に至る川沿いの集落。
その中で、とんでもないスケベ人間、かつタダ酒大好き人間、を探せばいい。
その人の祖先が、8頭の1つ(つまりヤマタノオロチの一部だった)ということになる。
当てはまりそうな御仁が目に浮かばないこともないが……、
ま、あえて名前はいわない。
「ばばっかじ」 懐かしい響きだなあ!
思い出すなー!
子供の頃のオイラ遊びのフィールドは大半がウダゾー(宇田沢川)だった。
特に夏休みの今頃は、天気のいい日の日中は殆んどウダゾーで「かじっか(魚のカジカ、カエルのカジカも居たがこれは鳴き声を楽しむだけ)」やヤマメ取りか、ゴードー(合同製糸)の横、オンノツラ(鬼の面)の淵で泳ぐのが日課の様なものだった。
「“カナカナ”(ヒグラシ)が鳴いたらけーれ!」って、お袋の声も聞こえてきそうだ。